第2話 ぬいぐるみと相談します。
ん?
暴言に、彼はまったく怯んでいないようだ。
私を知っている?
さっきの私が話した台詞……?
怯むどころか、彼は跪き私の右手を手に取った。
そして顔を近づけ……口がかなり近づいたところで止まる。
え?
何しようとしているのこの人?
私がびっくりしたのを感じたのか、彼は固まってしまった。
どうやら、何か間違っていることに気付いたらしい。
彼はしれっと、握っていた私の右手をベッドに戻した。
「失礼しました。つい、感激してしまい……。私としたことが……我が弟との婚約のこともありますし、今のはなかったことにして下さい。では、失礼します」
「はぁ…………えっ?」
彼が何をしようとしたのか、この際どうでもいい。
今、何か変なことを言ったような?
乙女ゲームでロッセーラが婚約するのはまだまだ先だったはず。
ぽかんと口を開けたままの私。
そんな私を置いて、レナート殿下は来たときと同じように、凜とした姿勢でさっさと去っていったのだった。
やっと落ち着ける。
メイド達に一人にして欲しいと告げ、下がってもらった。
さて。
相談相手が必要だ。
私は、手のひらに載る程度の大きさの熊の人形を、クローゼットの奥から引きずり出す。
この人形は、メイド達が綺麗に掃除してくれているようで、埃もなく清潔そうだ。
「【
人形に命を吹き込む呪文を唱えた。
唱えたけど……転生した今、魔法がうまく発動するだろうか?
前世では、人間と話をすることが滅多になくて、友達もいなくて……
彼らと話していたところ、部下の一人が、今にも涙がこぼれそうな顔をして「魔王様、せっかくならば魔法でお友達を作ってみては?」と言い放ったのだ。
私は、その言葉を受け入れて呪文の開発に勤しみ、この魔法をついに完成させたのだった。
「よぉ。ご主人様」
熊のぬいぐるみは顔を上げると、妙な言葉遣いで話し始めた。
よかった。
この身体は、魔力を扱えるようだ。
「問題無いようね。よろしく」
「ああ、よろしくなー」
「あなたの名前は……ベア
「なんだその名前のセンスは。まあいいか、ロッセ様……」
立ち上がり、
いや、本当に熊なのだろうか?
父上のプレゼントだけどセンスがよく分からない。
三頭身の薄茶色の体つきをしており、手足は太く短い。
転生してから魔法を使ったことがないので、こんなところを誰かに見られたら厄介だ。
私は急いで自室の扉に「立ち入り禁止」の張り紙をする。
メイド達が怪訝そうに視線を送ってきたけど、気にしている場合ではない。
人払いができたので、確認しなくちゃいけないことを口に出し、ベア吉にまとめてもらう。
王国の名前、魔法学園の存在。
公爵家の令嬢である私の名前。
——ロッセーラ・フォン・クリスティーニ。
やっぱり、乙女ゲームだこれ。
さっき会った第二王子レナート殿下は、私より二つ歳上の十六歳。
襟足止めの金髪と青い瞳の美男子だ。
彼の弟、ヴァレリオ殿下には会ったことが無いけど、やや長い銀髪に同じ瞳の色をした美男子のはずだ。
私と同じ十四歳だったはず。
二人とも、乙女ゲームでの攻略対象だ。
乙女ゲームの舞台は、王国が運営する魔法学園に入学してからの三年間。
魔法学園は、魔法が発動すると入学できるようになるのだけど、ゲームの通りなら来年入学することになるはず。
同時期に、ゲームの主人公が魔法学園に入学。
レナート殿下、ヴァレリオ殿下二人のルートに、悪役令嬢ロッセーラが登場する。
彼女は、あの手この手を使ってゲームの主人公を妨害したり、いじめたりする。
その結果、ゲームの進行次第では、とにかく悲惨な運命が待っているのだ。
レナート殿下ルートでは、魔王は貴様だ! と言われ、切りつけられて死んでしまう。
ヴァレリオ殿下には婚約破棄を求められ、正体が魔王だと断罪されて処刑されてしまう。
だいたい、魔王なんて設定どこにもなかったはずなのに、突然魔王だと言われて死んでしまうのだ。
伏線もなかったはずだし、すごく雑なシナリオ。
そんなシナリオ、ロッセーラが悪役とは言え酷い。酷すぎる。
乙女ゲームを作ったのは誰だぁっ。
とりあえず、雑なシナリオに負けないためにも、ベア吉と一緒に考えることにする。
議題は「どうやって破滅を回避するか」だ。
「ふむ。ご主人様も大変だなー。とりあえず、攻略対象のレナート殿下やヴァレリオ殿下と親しくならなければいいんじゃねーか?」
「そうねぇ。そうすれば、主人公と絡むことも無く、破滅から逃げられるかもしれない」
「そもそも、魔法を発動しなければ、魔法学院に入学しなくて済むんだろ? 使えないフリをずっとしていればいいんじゃね?」
ベア吉の言うとおりだ。
とりあえず、二人で対策を考えた。
「魔法で王子を亡き者に……」
「物騒だなオイ。そもそも魔法を前みたいに通り使えるのか?」
確かに。
ベア吉は優秀だ。
試してみると……初級の簡単な魔法なら発動した。
しかし、中級〜上級の魔法は発動しなかった。
この身体に蓄えられる魔力が不足しているようだ。
「がっくし」
「まぁ、そんな調子じゃ、返り討ちに遭うのせいぜいだな。どこかに逃げるというのも難しいよな」
結構ハードモードなご様子。
結局、二人で思いついた案は……。
・できるだけ、攻略対象であるレナートや、ヴァレリオとは疎遠にする
・魔法は、人前では使わない。その結果、魔法学園への入学は見送り。
・少ない魔力でも発動するような便利な魔法を開発する
うーん……精一杯考えた割にはショボい対策しか思いつかなかった。
消極的な内容に留まってしまう。
でも、せっかくひねり出した案だ。
私は、対策を復唱して胸に刻んだ。
「ショボい。ショボすぎる……」
「結局さあ、俺の思考レベルもご主人様と変わらないし、この程度だよな……」
「どういう意味よ?」
「そのまんまさ。しっかし……前世と比べて随分豪奢なお屋敷だな。メイドもいるし、出世したな」
そうなのだ。
前世では考えられないほどの裕福な暮らし。
三食出てくる料理も豪華そのもの。
前世で森に放り出された直後は、食料を生成する魔法を使ったことがなく、ひもじい思いをしていた。
それに比べると、食事や身の回りのものが充実しているこの生活はなんと豊かなことか。
「そうね。ロッセーラはこんなに恵まれていたはずなのに、どうして……?」
乙女ゲーム内のロッセーラは何かに取り憑かれたように主人公の邪魔をしていた。
それは、後先を考えていないような言動。
主人公を虐めたり、妨害したことが王子らに発覚すれば、どうなるのか考えもしなかったのだろうか?
「まあ、何か理由があると考えるべきじゃね? 例えば、この公爵家が没落するとか?」
「確かに……そんな兆候があれば見逃さないようにしなきゃね」
「ああ、そうだな。それと……マヤのこともちゃんと見ておいた方がいいかもな」
マヤというのはメイド長の名前だ。
十八歳で茶色の肩まで届くくせっ毛がよく似合って可愛い。
割と大人しい印象で、メイド長になった直後はかなり色々言われたような記憶がある。
しかし、ここ何年かは私のことに口を出さない。
今まで部屋でぼーっとすることが多かったと思う。
友達と呼べる存在もいないし、外出も殆どしていない。
マヤは次第に私に構うことは少なくなっていた。
「なんでそう思うの?」
「……なんでだろうな……? なんとなくそう思った」
ベア吉はそう言うとベッドの枕元に移動し、ちょこんと座って動きを止めた。
魔力が尽きたらしい。
魔王だったときはずっと動き続けていたのだけどね。
明日はレナート殿下の誘いに乗って、お城に向かう。
大丈夫だろうか?
少し不安。
そう考えていると、コンコンとドアをノックをする音が聞こえ、メイド長マヤが「夕食の準備ができた」と呼び来た——。
夕食の席。
「ロッセーラ。黙っていて済まなかった……実は第三王子ヴァレリオ殿下との縁談が進んでいてね。結果が出てから伝えようと思っていたのだが……」
父上は悪びれもせずに、婚約のことや、聖女、意地の悪そうな令嬢のことを話し始めたのだった。
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