【完結】魔王だった私が悪役令嬢に転生したのはいいけど、なぜか元勇者もいて正体を見破られたようです。 〜 私を処刑しようとはいい度胸だ 〜

手嶋ゆっきー💐【書籍化】

第一章 攻略対象の王子たち

第1話 私の部屋に王子様がやって来たのですが。



 ここは、大森林の奥深くにある、魔王の住む館。

 目の前に、勇者とその仲間たちが、私を見据えて立っている。


 勇者は、軽装の鎧と長剣を持ち、勇者魔法を自在に操る。

 剣士は、銀色に輝く鎧と盾、そして大剣を装備しており、とてつもなくだ。


 魔法使いは、ありがちな黒色の三角帽子にマントという出で立ち。

 その魔力はたいしたことないが、その豊満なボディは私の完敗だ。


 そして、回復役の聖女。

 彼女は白い法衣を纏い、控え目な性格なのか、一歩下がっているようにも見える。

 絶大な力の神聖魔法を使うため、この中では勇者に次いでやっかいな存在だ。


 彼らは、魔王である私を倒しに来たらしい。

 性懲りも無くやってくる彼らに、ご苦労様と言いたい。


「はーはっはっはっは。よくここまで来たな勇者! もし私の味方になれば、世界の半分をくれてやろう」

「いや、魔王。貴女あなたは引きこもりでしょう? ここの森ですら支配しているのか怪しいのでは?」

「ぐぬぬ」


 私と勇者の間で、やりとりが続く。




 私は幼い頃から強い魔力を持ち、あらゆる魔法を使いこなせる能力があった。

 人々に恐れられ、私は街から追い出され、一人深い森の奥に引きこもるようになった。

 【ひきこもりの魔王】の誕生だ。


 私は、毎日、毎日ひきこもってゲームで遊んでいた。

 異世界の日本という国から、魔法で入手したものだ。

 特に乙女ゲームがお気に入りだった。



 そんなある日のこと。

 魔王討伐を名目に勇者とその仲間がやって来た。

 だけど、なかなか決着がつかない。

 その結果、彼らは何度も勝負を挑んで来るようになった。


 繰り返される勇者との他愛ないやりとり。

 それが、とても楽しかった。



「魔王、今日こそ貴女を捕らえ、断頭台に上って頂きます」

「はーはっはっは! !」


 そんな会話のあと、勇者が口角を少し上げるのが好きだった。

 好きだったのに。

 私を本気で倒す気が無さそうだったのに。


 彼のことを、ちょっとだけ。

 ほんのちょっとだけ、好きになりかけていたのに。


 私と部下たちは、彼らとの十回目の戦いの最中に、突然まばゆい光に包まれた。

 そして、身体を失った私は命を落としてしまったのだ。

 勇者アイツめ……。よくも……。 




 ゆっくり目を開けると、白色の布地に刺繍を施された天蓋てんがいが見えた。

 天井から伸びるカーテンが、なだらかな孤を描いている。


 夢……?

 ううん、違う。

 さっき見ていたのは前世の記憶。


 ふかふかな布団。

 手足を広げて寝転がっても、十分に余りある大きな、お姫様が眠るようなベッド。

 私を包む薔薇の甘い匂い。


 今までは、何も感じず当たり前の光景だったはずなのに。記憶を取り戻した私には、随分贅沢に感じる。


 私は、貴族の娘。

 十四歳の公爵令嬢。

 だがしかし、思い出した記憶によると前世は魔王と呼ばれていた。

 乙女ゲームが好きだった。


 そういえば、その乙女ゲームに貴族令嬢がでてきていたっけ……。

 こんな部屋に住んでいそうな高い身分の令嬢が……。


 ん?


 ベッドの脇に手鏡があったので手に取り、寝転がったまま覗きこむ。

 そこは、乙女ゲームに出ていた一人の少女が映っていた。

 少しだけつり上がった水色の瞳、緋色の長い髪を先端で束ねた美少女。


 悪役令嬢、ロッセーラ・フォン・クリスティーニ。


 とても美人ではあるけどゲームの中での振る舞いは決して美しくなく。

 ロッセーラは殆どのルートで破滅していた。

 殺されたり、国外追放されたり、国家反逆の罪で処刑されたり。


「えっ……私が悪役令嬢? 詰んでない……?」


 そうつぶやきリセットボタンを探しそうになる。

 しかし、当然あるはずがない。

 ここはゲームの中ではない。


 ここは現実だ。


 あーあ。ぬぁんてことですの。

 このままでは破滅の道を歩むことになる?

 いや、記憶を思い出したことをラッキーだと思うことにしよう。


 今から全力で回避するように行動すればなんとかなる。

 きっとそう。

 私は手のひらを握りしめ、これからどのように行動しようかと考え始めたとき。

 コンコンとドアをノックする音が聞こえた。



「……気がついたのですね。よかった——」


 メイド長が部屋に入ってきて、ぱっと顔を明るくした。

 その瞳がわずかに潤んでいる。

 彼女の話によると、どうやら私は突然意識を失った後、館の自室で寝かされていたみたいだ。


「——実は申し訳ないのですが、レナート殿下がお嬢様にお会いしたいと……。その、突然お見えになっていて」

「レナート殿下? あの、眼鏡の?」

「えっ? お嬢様?」


 レナート殿下。

 聞き覚えがある。

 確か、乙女ゲーム内に登場する、攻略対象の一人だ。


 慌てて私は起き上がった。

 同じタイミングで、再びドアがノックされる音がする。

 ぽかんとしていたメイド長が慌てて振り返り、「どうぞ」と告げ、部屋の入り口に向かって一礼。


 すると、ドアが開き金髪の男の子が部屋に入ってきた。

 その男の子は、青い瞳をしており、横に長く薄い眼鏡を掛けている。


 背筋がピンと伸び、周囲に薔薇の花でも咲き誇るように優雅に歩いて私に近づいてくる。

 どことなく、口角を僅かに上げている様子に、なぜか見覚えがあった。


 彼の顔を見て、はっとした。

 やはり、乙女ゲームの攻略対象の一人だ。

 私の二つ歳上で十六歳、第二王子レナート殿下。

 通称眼鏡王子メガネプリンスだ。


 でも、なぜ突然いらっしゃったのだろう?

 寝ている令嬢の自室まで入ってくるとは。


「ロッセーラ様、はじめまして。私はレナート・ディ・パガーノと申します。噂にたがわず、とても可愛らしい」

「レナート殿下。ありがとうございます。このような姿で、挨拶もできず申し訳ございません……」


 可愛らしいって嬉しいな。

 前世で言われたことがなかった私は、ついつい口元が緩む。


「お気になさらずに。連絡もせずに訪れてしまい、ぶしつけなのは私の方です。しかし、急に倒れたと聞いて、はやりのやまいかと思い心配しました」

「噂の病」


 王都で流行っている眠り病。

 その名の通り、眠ったまま二度と目を覚まさないのだとか。

 とても恐ろしい病気だ。


「ええ。その病はの仕業だと言われています。現在、王国の方で討伐隊を編成しておりますので、いずれ捜索が始まり、捕らえられるでしょうが」


 魔王?

 討伐される魔王って?


 私のことではない……はずだ。

 一応、とぼけておこう。

 眠り病なんて身に覚えはない。

 今はれっきとした公爵令嬢だ。


「初耳です」

「そうですか。引きこもりの魔王という二つ名もあるのだとか?」

「ひ、引きこもりぃ?」


 声が裏返る。

 その声の高さと同じくらい、心臓が飛び跳ね、早鐘を打ち始めた。

 レナート殿下は口角を上げて、矢継ぎ早に言葉を続けた。


 私の動揺を楽しんでいるようにさえ見える。


「魔王は捕らえ次第、即刻、処刑する予定です」


 処刑処刑処刑……。

 頭の中で、その二文字がこだまする。

 唖然としている私に、彼は顔を近づけそっと耳打ちした。


 それは、容赦ない追い打ちだった。


「くれぐれも。に魔王であったことが知られませんように。、いや、ロッセーラ様。やっと会えましたね」

「!!」


 ぬぁんですって!? あまりの衝撃に言葉を失った。

 とぼけなくては……否定しなくては……。

 思考がぐるぐると回る。

 処刑という言葉と共に回り続ける。


 なぜ「引きこもりの魔王」という名を知っているのか?

 なぜ、私が魔王だったこと知っているのか?

 完全に固まってしまった私に、彼は言葉を続ける。


「大丈夫です、心配しないで。私とあなただけの秘密です。味方ですよ、少なくとも今は」


 そう言ってレナート殿下は片目を閉じた。


 そういえば……乙女ゲームでロッセーラが魔王だと濡れ衣を着せられて処刑されるシーンがあった。

 首を落とす映像が謎にクオリティが高く、グロかったんだよね。

 確か、レナート殿下の弟君おとうとぎみのルートで発生していたと思う。

 弟君と婚約するのだけど……主役の少女と仲を深め婚約破棄をしてくれないロッセーラが邪魔になる。邪魔になったロッセーラに罠を張り断罪するのだ。


 あれ? もしかして……これからの展開を、破滅への道のりを予知できる?

 むしろ、幸運なのでは?


 レナート殿下の顔が私の耳元から離れた。

 間を置かず、彼の声が静かに部屋に響く。


「明日、王城にいらしてもらえませんか? 是非、話の続きをしたいと思いまして。貴方と、私の未来について」

「分かりました。明日、伺いますわ」


 レナート殿下は目的は達成した、とでも言いたそうに口角を上げた。

 やはり、どういうわけか見覚えがある顔だ。


 焦りから一転、心が落ち着いてきた。

 恐れることはない。

 私は乙女ゲームでレナート殿下のことを知っている。

 殿下の弟君を知っている。

 破滅への道のりを知っている。


 それに、私は魔王だ。

 莫大な魔力はともかく、多くの魔法の知識がある。

 いざとなれば、魔法を使ってゴリ押しで逃げられるだろう。

 ふっふっふ……。


「なんだか、急に落ち着かれましたね。余裕があるといいますか」

「いえ、そんなことはありませんわ」

「気をつけてくださいね。下手をするとあなたを断頭台に——」


 ああ、また私を怖がらせようというのだろうか?

 もう、その手には乗らない! 


 妙な自信が湧いてくる。

 私は魔王なのだ!


 やれるものならやってみなさい。私を——。


!」


 あっ?

 慌てて両手で口を押さえる。

 しかし既に時は遅し。

 しまった! と思ったときには既に言葉が放たれた後だった——。


「お、お嬢様!?」


 メイド長の視線が痛い。

 うん、私もやってしまったと思ったよ。


 恐る恐る見ると、第二王子レナート殿下は眼鏡をくいっと中指で押し上げると、私をじっと見つめた。

すこしだけ、彼の瞳に熱がこもっているように感じる。


「やはり……。よかった、に会えて」

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