第8話 王子が戦いを始めました。

「ロッセーラ!」


 部屋に一番最初に入ってきたのは、なんとヴァレリオ殿下だった。彼は、さっきの格好のまま、小剣ショートソードを携えている。

 彼に続いて、同じように小剣を持ち、比較的軽装の鎧を纏った騎士達が部屋に続々と入ってくる。

 私の体を抱くグラズの姿を見て一瞬動きを止める者が多い。しかし、すぐに気を取り直すのか、すぐに剣を構え警戒態勢をとっていた。


 ヴァレリオ殿下は、しっかりと私を見据え、まったく動揺を感じさせなかった。そこに、禍々しい悪魔がいるというのに、まるで意に介していないように見える。

 彼は、騎士達が落ち着きを見せると悪魔に話しかけた。


「ロッセーラを、その令嬢を離せ!」 

「ああ……ヴァレリオ殿下」


 私は、しおらしく彼の名を呼んだ。若干棒読みにならないように注意しているのだけど……大丈夫かな。

 しかし、ヴァレリオ殿下が先頭に立って突撃してくるとは思わなかった。


 この後は、グラズが私を放り出し、騎士達に突っ込んで、彼はやられるフリをして姿を消しここから脱出する手はずになっている。

 茶番ではある。上手くグラズが思い通りに演じてくれるといいけど……。


 ……しかし、あっという間にその願いは裏切られた。


「ほう、人間風情が刃向かうなど……我はこのロッセーラさ……女が気に入ったのだ。欲しければ、力ずくで奪って見せよ」


 あれ? そんなセリフは打ち合わせには無かったけど……? ちょっとちょっと……グラズさん。アドリブにも程があるでしょ。

 私は頭の中で彼に直接語りかける。


『何勝手なこと言っているの?』

『いや、この男……面白い。ちょっと試したくなりましてね』

『ぬぁんですって?』


 ああ、これだからもう。賢明なグラズのことだから、最後は上手に辻褄を合わせてくれそうな気はするけど……こうなったらもう止まらない。私は展開を見守ることにした。


「もしロッセーラに傷一つ付けようものなら……お前が何者であっても、八つ裂きにしてやる」

「ほう、殿下。あなたが、我とやるつもりか?」

「ああ、俺と一騎打ちだ」


 ヴァレリオ殿下は、迷いなく言い放った。


「殿下……ここは我々が」

「手出し無用だ。俺に何かあったら……ロッセーラを頼む」


 騎士達がざわめく。彼らが王子を止めるのは当然だと思う。しかし、ヴァレリオ殿下からは、ひしひしと私を救うのだという強い意思を感じる。

 彼はまっすぐな目で、悪魔と私を見つめている。以前、レナートに立ち向かったときの目と同じだ。


 ヴァレリオ殿下は、何度でも……臆せずに障害となるものにぶつかっていくのだろう。

 負けることなど考えはしない。

 王子としてはどうなのだろう? と思うのだけど、彼の意思は固く、強く見える。


 それは決して、驕り高ぶった浮ついた気持ちでの行動ではない。救うのだという彼の強い意志が、鋭い剣先となって私を貫く。

 その強烈な視線に、ぞくりとした。


「一騎打ちですか。ふむ、いい心がけですね。無謀だが嫌いではない」

「……いい気になるなよ!」


 グラズは私を、ドンと突き放した。後ろに数歩下がると、輝く檻が私を囲うように現れた。


「ヴァレリオ殿下! 無茶はおやめください!」

 

 私は檻を掴み、本気で叫んだ。

 おかしい……グラズとの打合せではもっとシンプルな茶番のはずたったのに……どうしてこうなった?


「あの檻は、我を倒すと消滅します」

「そうか。では、感謝しておこう。俺は、お前を倒し、ロッセーラは必ず助かるのだからな」


 彼はそう言って身の丈に合わぬ、長剣ロングソードを従者から受け取った。

 装飾が施された柄、僅かに光を帯びる剣先。それなりの魔力を帯びているようだ。長剣ロングソードは、十四歳のヴァレリオ殿下には少し大きいように見える。



 ヴァレリオ殿下とグラズは部屋の中央で向かい合った。

 王子は両手で剣を持ち、構えている。

 一方のグラズは、リラックスした姿勢のままだ。よく見ると両手の爪が長くなっていて、黒く光っていた。彼も戦闘態勢になっている。


「ふむ。これは……なるほど、本気でお相手した方がよろしいようですね」

「望むところだ!」


 ヴァレリオが床を蹴り、一気にグラズとの間合いを詰める。次の瞬間には、ガキィィンと爪で剣を受ける大きな音が部屋に響いた。

 ただならぬ両者の殺気に不安になった私は、グラズに問いかける。


『本気でやらないよね?』

『いいえ。この魔剣は速度と筋力をかなり向上させるようです。それに、使い手の技量も決して悪くなく、よい太刀筋です。さすが、ロッセーラ様の婚約候補者です』


 滅多に人間を褒めないグラズが、嬉しそうに答えた。


 こうして、二人の激闘が始まったのだった。

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