エピローグ 創立祭 後編

 私が会場に着くと、既に剣術大会の試合が始まっていた。

 ヴァレリオやレナートが出場していようと、私は見に来るつもりはなかったのだけど……。

 さっき私に何かを言いかけたレナートの姿が頭から離れない。


「では、はじめ!」


 剣と剣がぶつかりあっている。

 時に、魔法も繰り出されている。

 メインは剣術だが、魔法を使用することは許可されている。

 もちろん、大抵は魔法の発動より剣の方が速いので、この大会で使われるのは発動までが短い簡単な魔法のみになる。

 

 レナートとヴァレリオはともに準決勝まで上がっていた。

 彼らが勝ち進めば決勝でぶつかる。


 二人が王家の者だろうと手を抜く者はいない。

 手を抜くこと、それこそが失礼に当たると知っているからだ。


 そして、レナートとヴァレリオは危なげなく決勝戦まで進んだ。

 二人は強い。



 私は緊張してお手洗いに向かった。

 そして会場に戻る途中の通路で、レナートとヴァレリオの姿を見つける。

 激励しようと二人に近づくと、彼らの真剣な声が聞こえた。


「それで? 例の約束はちゃんと果たされるのか?」

「そうだ」


 盗み聞きなんてよくないことは思うのだけど、どうしても前に言われた「ヴァレリオの提案」とやらが気になってしまう。


「負けた方がロッセーラから手を引く、で、いいな」

「ああ」


 えっ?


 一体何の話をしているのか。


 意味を理解すると、とてつもなく腹が立ってくる。

 それで、勝負が面白くなるとでも思っているのだろうか?

 コレだから……男は……。


「男に二言は無い」

「わかった」


 レナートの返事は自信に満ちあふれていた。

 それはそうだろう。

 今まで一度レナートが負けたことが無いからだ。


 でも。

 私はいつかヴァレリオがレナートを追い抜くことを乙女ゲームで知っている。

 ヴァレリオがレナートに勝利することを知っている。


 ただ、タイミングはもっと後だったはずだ。

 だとすると、今回もレナート勝利なのだろう。


 ちょっと安心する自分にびっくりする。

 いや、そもそも勝負の勝敗に他人を賭けるって何なの?

 私の気持ちを考えもせずに。


 ヴァレリオもヴァレリオよ。

 勝てる見込みもないのに、どうしてこんな無謀なことを持ちかけるのか。


「ちょっと、貴方たち!」


 そう言って私は隠れていた壁の裏から出て、二人に詰め寄ろうとした。


「…………」


 しかし、そこに二人の姿は無い。

 もう、競技の会場に向かっていった後のようだった。

 えぇぇ。



「では、構えて」


 私は決勝戦、二人の対戦開始の直前に観客席に座った。

 心臓の鼓動が早くなるのを感じる。


「はじめ!」


 問い詰める時間も無く。

 考えを改めさせる時間も無く。

 ついに、二人の戦いが始まってしまった。


 カン! カン!


 二人は真剣な表情でぶつかり合い、木刀同士がぶつかる乾いた音が断続的に聞こえる。

 しかし、やはりレナートが優勢に見えた。


 そういえば、ヴァレリオとちゃんと話ができていない。

 婚約破棄のことも一方的に聞いただけだ。

 その後、どうするのかも本当は話さないといけないはずなのに。


 レナートともそうだ。

 この試合の結果なんてどうでもいい。

 大切なのは、話をすることなのに。


 この試合の勝敗がついてしまったとき、どんな顔をして彼らに会えばいいのか分からない。


 ううん。逃げてはいけない。

 私は顔を上げて、彼らの戦いを見つめた。


 二人が距離をとる。

 まだまだ始まったばかりなので、勝負を決めるわけでもないのだろう。

 あっというまに二人が駆け出し近づいた。


「【加速ヘイスト】!」


 ヴァレリオが呪文を唱える。

 あの時……悪魔グラズと戦った時の終盤に切り札として使った魔法だ。

 このタイミングはまだ早すぎる。


「なに!?」


 レナートが怯んだ。


「【加速ヘイスト】!!」


 私は、ヴァレリオが二回連続で加速の呪文を唱えたのが分かった。

 二重がけだ。

 単純に二倍になることは無いけど、彼の姿が視界から消えた。


 彼の切り札。最後まで残しておくと思ったのに。

 ほぼ初手に近い。

 レナートも驚いたようで、体制が崩れている。


 カン!


 大きな音が鳴り響き、木刀が一本宙に舞った。

 勝負あった……。


 砂埃が舞い、それが晴れたときに見えたのは——。

 地面に尻餅をついたレナートと、彼の首元に木刀を寄せて立っているヴァレリオの姿だった。


 わぁぁぁぁぁ!


 大きな地響きのような歓声が響き渡る。


「勝者、ヴァレリオ殿下!」


 審判の声が聞こえるが、歓声はそれ以上に大きく響いていた。

 ヴァレリオの顔は、真剣な表情のまま……喜んでいる様子はない。

 何かをレナートに諭すように彼を見つめている。


 そして、レナートは……負けたことが理解できないのか呆然としているように見えた。


 レナートが、負けた。

 ヴァレリオが勝った。


 私の目頭が熱くなり、大粒の涙が流れ出るのを感じる。

 その涙の意味を、私は理解できないでいた。

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