第12話 変装します。

「いや、ロッセ、あなたがどうしてここに?」


 執事に扮したレナートが問いかけてきた。

 私はカリカを見かけて追いかけてきたことを伝える。

 ふむ……と腕を組んで考えるレナートは、品のいい執事といった雰囲気だ。

 眼鏡がそれっぽい。

 とはいえ、ちょっと若すぎるから執事見習いってとこかも。


「レナート……その格好何?」

「変ですか? 目立つわけにはいきませんので、街にいてもおかしくないような服を仕立ててみました」


 乙女ゲームの追跡イベントでも、第二王子はこんな変装していたっけ……。

 普段と違う服装に、いつもの真面目な顔が妙におかしい。 


「うーん、それならもっと目立たない服なんていくらでもあるでしょうに……でも、なかなか、似合ってると思うわ。見習い真面目執事って感じ」

「それは喜んでいいのでしょうか?」


 一瞬彼が笑ったかと思えば、またすぐ真剣な顔に戻る。


「私は、アリシア伯爵令嬢を調べるために来ました。ここは、彼女の実家が運営する大聖堂に通じる道ですよ」

「……じゃあ、カリカはお祈りにでも来たのかしら」

「いや、大聖堂は日が暮れると閉じられます。この時間からお祈りに訪れるというのは考えにくいですね」


 じゃあいったいどうしてカリカは……? まさか教授と……ってことはない……よね。


「……大聖堂で夜な夜な、何らかの集会が行われているという噂があるのです」

「集会?」

「ええ。祈りを捧げるようなものなら問題はありません。しかし、違っていたら……私はどうしても気になって、護衛もなく一人で来てしまいました」


 確かに彼一人なら護衛など不要だろう。

 元、とはいえ勇者の資質を持つ彼が、何かと戦って負けるところは想像しにくい。


「それで、ロッセ。貴方も気になるなら一緒に行きますか?」

「うん……そうね。そうしようと思っていたの」

「では、今のその格好はさすがに目立つので……。マヤさんの服でも貸して貰ってはいかがでしょう?」

「えっ? メイド服を?」


 メイド服を着るって……乙女ゲームの追跡イベントそのままじゃないか。

 まさか、私がメイド服を着ることになるとは……。


「では、私は外で待っています」

「そ……そうね。サイズが合うかしら……」


 レナートは馬車の外に出ていった。


「お嬢様はともかく私が問題かも……」


 マヤがぶつぶつ言っている。

 確かに彼女の方が背が高いし……出ているところは出ている……。


 馬車内が外から見えないようにして、さっとマヤと服を交換していく。

 私はマヤが着ていたメイド用の服をなんとか着ることができた。


 一方マヤは……かなり胸とお尻が窮屈そうだ。

 どうせ……私は色々と小さいですよ。


 髪を結わえてポニーテールにした。

 着替え終わり、髪の毛を整えると早速、馬車の外に出てレナートと並んでみる。


「おや、これはなかなか……かわい……似合っていますね」


 開口一番、レナートが私の姿を見て言った。

 いつものように、口角を上げて。

 少し、顔が上気しているようにも見える。


「ありがとう」


 素直にお礼を言う。

 そう言われると結構嬉しいものだ。

 いつも凜としているマヤと違いどうやら私はふわふわとした雰囲気に感じるらしい。


「ふふ、レナート殿下、ロッセーラ様、お二人ともちゃんと執事とメイドといった感じで、とても良いですね。ただ、二人とも……顔立ちが整い過ぎている気もしますね」


 マヤが私たちを見て、ニコニコとしながら言った。

 彼女は、結構服がきわどいため馬車の中から言うだけだ。


「はは、それはつい喜んでしまいますね」

「そりゃマヤが褒めるくらいなら喜んでもいいでしょ」

「ロッセも嬉しそうですね」


 メイド服を着るなんて初めての経験だし、なんだかちょっと楽しい。

 普段と違った服を着ると、いつもと違った自分になれたような、そんな不思議な気分だ。

 それに、とても動きやすい。

 でも……。


「うーん……胸が少しぶかぶかするし、お腹は少し窮屈かも」

「ふうん。なるほど……マヤさんのスタイルとの差なのですね」

「——どういう意味よ?」

「まあ、貴女はまだ成長するでしょうし……」

「むう」


 レナートに言わせると、マヤに比べて私は……色々と少し残念らしい。

 分かってはいるけど、ちょっと悔しい。


「そんな顔を膨らませても……胸は——」

「ん?」


 何か殺気でも感じたのか、レナートは急に口を閉じあさっての方向に視線を向けた。


 さて、準備が出来たことだし、目的の場所に向かうことにする。


「お二人とも……お気を付けて」


 マヤに見送られ、私たちは馬車を後にした。




 少し歩くと白く、四角い建物が見えてきた。

 所々に装飾が施してあり、太い柱が壁に沿って並んでいる。

 なんとなく船を思わせる形をしている。

 これが大聖堂だ。


 その大聖堂の入り口に、どんどん人が入っていく。

 この様子だと、集会があるという噂が真実味を帯びてくる。


 入り口付近に、受付らしき人が見えた。

 何人かいる様子だけど、皆白いフード付きのマントを身につけていた。

 彼らは、訪れた人の記録を取りつつ、お菓子でも入っていそうな手のひらに収まるくらいの包みを配っている。


「ねえレナート。入り口のあれ……何なのかな?」

「早速向かってみましょう」


 私たちは列に並び、受付をしてもらうことにした。


「では……お名前を伺ってもよろしいですか?」


 私が包みを受け取ると同時に、別の受付の人は、レナートに名前を聞いた。


「私は、ディオ。彼女は……ミーナという名前です」


 さすがレナート。

 さらっと私たちの偽名を口にした。

 聞いたことがあるような名前だけど……なんだっけ?

 ああ、あれだ。王子と聖女の……おとぎ話。


 ふと気付くと、受付の女性がやや不思議そうな視線を私たちに向けていた。

 うーん、執事とメイドでこういうところに来るのは、変なのかもしれない。

 そう思っていると、レナートは私の腰をさりげなく抱いてきた。

 彼の手のひらは温かい。


「これが終わったら……二人きりになれるところに行こう」


 レナートが唐突に話しかけてくる。

 何言ってんのこの人?

 と思ってレナートの顔を見ると、ウインクをしてきた。

 ああ……恋人同士でも演出するつもりなのかもしれない。


「そ、そうね……」


 私はそう言って俯く。

 というか、他にできそうな演技がない。

 そうしていると、受付の人は何かを察したような感じで……。


「分かりました。ディオ様に、ミーナ様ですね。ようこそいらっしゃいました。本日は、お楽しみ頂ければ」


 楽しむ? いったい……何を?

 ええ、と返事をしつつ、聖堂に入っていく。

 それにしても、レナートがこういうことに慣れてそうなのが気になる。

 とはいえ、腰に手を回されると不思議な安心感があるのは確かだった。



 私たちは、案内役の人に連れられて、大聖堂の礼拝室に通された。

 とても広いところで、百人くらいは席に座れそう。

 礼拝室には椅子が規則正しく並べられている。

 前方はステージのように石の床が少し高く舞台のようになっており、演壇としているようだ。

 その上に木製の講壇が置かれていた。


「なんとか入れたわね。ドキドキして……でも楽しいわ」

「あのですね……これは仕事なのですが……まあ、でもその気持ちも分かります」

「レナートも楽しんでるでしょ。じゃあ、座って、さっき貰ったお菓子を食べようかな」


 私とレナートは、空いていた席に着き、先ほど受付の人から貰った包みを開けてみた。

 包みの中には、クッキーのようなものが入っている。


 周りを見渡すと、他の人達は皆受け取っていて、クッキーを頬張っている。

 一心不乱に食べている人もいるけど……そんなに美味しいのだろうか?


 手元のクッキーに目をやると、所々、黒ごまのような黒いツブツブが含まれている。

 薬味か調味料かな? と思ったのだけど……見ているうちにそれが何か、とてつもなく嫌なものに感じてくる。


「ロッセ……これは、食べない方がいいかもしれません」

「……私も……そう思う」


 レナートはお菓子を懐にしまった。

 持って帰るようだ。私もそうしよう……。


 そうこうしているうちに、訪れてきた人達が座っていく。

 礼拝室の中は、不思議な熱気に包まれていった。


 私は、カリカの姿を探すのだけど、ついに見つけられなかった。

 結局、目的地はここではなかったのかもしれない。


 そして……。


「では……みなさん! ようこそおいでになりました。本日は待望の……聖女招喚の儀式を行います!」


 壇上に上がった、白い服を着た司祭のような人が、大きな声で宣言した。

 聖女招喚の儀式……。なんだそれ?

 レナートと視線を交わす。

 彼も、心当たりが無さそうだ。


「はい、こちらが先日聖女となられた……アリシア伯爵令嬢です!」


 えっ。

 司祭が指差したその方向には、アリシアが立っている。

 彼女は、胸元が大きく開いた赤いドレスを身につけていた。


 しかし、様子がおかしい。

 目を閉じ、まるで眠っているかのような表情をしている。

 アリシアのそんな様子を見て、レナートが囁く。


「彼女……意識が無いようですね」


 私はもう、嫌な予感しかしなかった。

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