第10話 土色の顔色だと言われました。

「まあ、ショックなのは分かるが気持ちを落ち着かせて……」


 なんでよ……せっかく処刑回避ができたと思って喜んでいたのに。

 酷くない?


「え、ええ……」

「今ヴァレリオが、王城に戻り、関係各位と交渉している。盟約なんていつの時代のものか分からないし、それを守る意味がないと考えている者もいる」


 ヴァレリオの行動は嬉しい。

 でも、何百年も守られて来た盟約。

 それが、今さら破棄されることなどあるのかな?


「ロッセーラ。本当に大丈夫ですか? 顔色が……土のような色をしていますが」

「だ、大丈夫……。今日はいろいろと教えてくれてありがとう」


 私はレナートと別れフラフラとしつつ、気がついたら寮の自室に戻っていた。

 しかし、どんな別れの言葉を交わしたのか、どうやって寮の自室まで戻ったのか。

 記憶はなかった。




「ベア吉は……いったいどこ行ったのよ」


 一人で悩んでいてもどんどん沈んでいきそうだったので、ベア吉と話すことにした。

 でも、見当たらない……と思っていたところ、部屋の入り口で……なにかピエロのようなぬいぐるみと一緒に並んでいる。


「あれ? 何かしらこのピエロ」

「お久しぶりです。ロッセーラ様」


 あっ。この声は……。聞き覚えのある声だ。


「グラズ?」

「はい。いや、もの凄く苦労しましたよ……」

「そういえば、どうしたの? あなたのことだから勝手にやってきて、ふらっと関係者になりすますかと思ったのに」

「それがですね……」


 どうやら、彼の話によると——。

 強力な対悪魔結界が魔法学園の周囲に張られており、くぐり抜けられなかったという事だった。

 そして、色々な方法を試したのだという。

 結局、ぬいぐるみを操る魔法を使うことで、何とか侵入したということだった。


「中に入ってしまえば、どうも大丈夫らしいのですが」

「なるほどね。さすが国の機関だけあるわね。それに、あなたこと、すっかり忘れてたわ」

「なんと…………」


 ベア吉は、どうやら魔力切れのようだ。

 二人(?)で壁を越えようとして、色々と苦労したらしい。

 一部体から綿がはみ出している。

 明日にでも、マヤに塗って貰おう。


「じゃあ……ちょうどいいわ。いろいろ聞きたいことがあって」

「はい、何でしょう?」


 私は今日あったこと……特に聖女の判定について話した。

 アリシアが怪しいこと。

 そして、王家の盟約のこと。


「なるほど……」


 ピエロのぬいぐるみは、腕を組んで考えているような仕草をした。


「まず、魔王ですが。この世界の魔王とは何か、調べる必要がありますね。つまりは、ルールを」

「ルール?」

「前の世界では、人間が脅威と感じた敵や魔物、それを魔王と呼んでいました。それは世界のルールではなく、人間が勝手に決めたものでしょう」

「ふむふむ?」


 内容はなんとなく理解できるが、具体的にイメージが沸かない。

 悪魔である彼と私では、やはり視点が違う。


「そして、この世界です。魔王というのは、どうやら数百年など長い間隔を開けて現れるようです。そういう意味では、我々悪魔によく似ていますね」

「確かに、あなた達は契約が終わってこの世界から消え、また契約を結んで現れる」


 うん、なんかこの辺りの話はよく分かる。

 契約が終わり再度呼び出しても、同じ悪魔が現れるとは限らない。


「その通りです。まだ確実ではないですが、悪魔の王……それが、この世界の魔王なのかも知れません。だとすると、アリシアという令嬢は、魔王ではないかもしれませんね」

「どうして?」

「この魔法学園に入っているのでしょう? 特に正門から堂々と入ったのなら、悪魔やその系譜には出来ないことです。もちろん、何か特別な力を持っているのかも知れませんが」

「なるほど……何か力を使ってる様子はなかったなような。おーほっほっほとか、怪しい感じはあったけど」


 魔王でないとしたら……彼女の挙動不審はいったい何がそうさせてているのか。

 レナートが調べるって言ってたし、その結果を待った方が良さそう。


「聖女のことはよく分かりませんが、恐らく悪魔と対になる存在でしょう。我の方で調べておきます」

「うん、お願い」

「はい、承知!」


 グラズは急に元気な声になって言った。


「それと、ヴァレリオ殿下との婚約の件は、とても残念です。彼は色々と見所があったのですが」

「本当に珍しいわね。あなたがそんな褒めるなんて」

「まだロッセーラ様が聖女と決まったわけではありませんし——」


 その時、こんこんとノックをする音が聞こえた。

 慌ててピエロのぬいぐるみの口を手で塞ぐ。


「あの……ロッセーラ様……マヤですが……誰かとお話中ですか? 男の方?」

「いやいやいやいやいや。誰もいないので、どうぞ?」


 危ない。グラズの声だと気付かれたら……マヤは多分暴れるだろう。

 幸いぬいぐるみが喋る声は少しこもっていたし、大丈夫だろう。


 マヤの用事は、令嬢エンリィが、同じグループの女子だけで買い物に行きたいと言い出したとのことだった。

 できれば、その前に私だけと話したいことがあると言うことだ。

 何のことだろう……?


 なんとなく、その時は不思議に思いつつもあまり気にしてなかったのだけど……。

 その買い物の日、先に集合した私に彼女はこんなことを言い出したのだった。


「ロッセーラ様はカリカさんと懇意にされておりますよね。少し気になることがありまして」

「気になること?」

「はい。どうも彼女、あまり大きな声で言えないのですが……。学園の教授とただならぬ関係になっているようで」

「え゛っ——」

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