第11話 王子が婚約の挨拶にいらっしゃいました。

 殿下への体調の心配をよそに、誘拐事件のたった三日後に、ヴァレリオ殿下がいらっしゃるという連絡が入った。

 父上はこの連絡を受けてからずっとそわそわしている。ああ、ついに娘との縁談を進めている念願の殿下とゆっくり話ができる……とばかりに、どのようにもてなそうか考えているようだった。


「ロッセーラ様。ヴァレリオ殿下がお見えになりました!」


 メイド長のマヤがはじけるような笑顔で伝えてきた。うう……。期待は分かるのだけど……私には素直に喜べない理由があるのよ……。

 のらりくらりと躱そうとしていたのだけど、ついに命運が尽きたみたいだ。


「まずは、旦那様、奥様と話をされるようです。少々お待ちください」

「う……うん」


 そう言われて、しばらく待ったものの、なかなかやってこない。


 このまま、仲良くなって婚約ということになったら?

 ヴァレリオ殿下は自分の命を省みず、全力で私を助けようとしてくれた。王子という立場に頓着せず、守りたいというまっすぐな想いが伝わってくる。

 とても素敵なことだと思う。きっと彼と結ばれる女性は皆、絶対に幸せになれるだろう。


 でも、婚約したところでカリカに惹かれていくなら……。

 複雑な心境だ。カリカもいい子だし……今は分からないけど、もし彼女がヴァレリオ殿下を慕うのであれば、距離はあっというまに接近しそうだ。

 まだカリカと私は、あまり親しくはないので、彼女の性格をしっかり分かったわけではない。でも、あの誘拐事件の時、怖かっただろうに私と行動を共にし、ヴァレリオ殿下を連れ出した行動力。誰でも虜にできそうな笑顔に、今から有望なぷろぽーしょん……。

 殿下が惹かれてもしょうがないと思えるほどの魅力だわ……。


「お嬢様、ヴァレリオ殿下がいらっしゃいました」

「やあ、ロッセーラ。会いたかった……」


 部屋に入ってくるなり彼は、私をしかと見つめ、頬を染めた。


「お見舞いにも行けず申し訳ありません……」

「気しないでいい……今日はロッセーラに婚約……ん? 新しい顔が見えるが?」


 彼の視線が、予め部屋で待機していた執事に向かう。

 しまった、グラズを隠すのを忘れていた。顔や姿を変えたとは言え、体格などでバレやしないだろうかと不安になる。


「ヴァレリオ殿下、お初にお目にかかります。先日よりこちらで働くことになりました、クラスと申します」

「そうか……ヴァレリオだ。よろしく。その体格、何か体術でもやっているのか?」

「いえ、剣を少々」


 そう言って、クラス(グラズ)は、ニヤリとした。

 なんだか嫌な予感がする。だいたい、ヴァレリオ殿下が何か大切なことを言おうとしていたような?


「そうか……では、俺と勝負……しないか?」

「はい、喜んで」


 おい……。正体をバレないようにしろと言った筈なんだけど……何やってんのこの悪魔。


「あ……あの、私に話があったのでは……?」


 問いかけるものの、剣の話に夢中になっている二人は私の意見などスルーして歩き出してしまった。

 取り残される私とマヤ。

 マヤが腕を組み、彼らが去って行った方向を見つめて険しい顔をする。


「ふうぅ……何なんですか、あの執事……! せっかくのお嬢様の婚約を……」

「ま、まぁ、マヤ……落ち着いて。ヴァレリオ殿下にも問題はあるし……」

「いいえ。殿下はいいのです」

「えっ?」

「あの執事は新人のくせに私達を虫とさえ思ってなさそうにしていて、話を聞かないのです。がつんと言ってやります!」

「ちょ……ちょっと待った!」


 よくよく考えるとこれで良かったのかも知れない。このまま、婚約の話を忘れて帰って下されば……。

 ずかずかと音を立てて歩いて行こうとするマヤを私は羽交い締めにして止めた。しかし、彼女の方が身長が高いし、勢いは止まらない。


「あの……申し訳ありません……。レナート殿下がいらっいまして……」


 眉を寄せたメイドがやってきて、私達に告げた。

 ぬぁんですって……? あーもう……無茶苦茶だよ……。


「ロッセ、お久しぶりです。なかなか王城の方にいらっしゃらないので、私の方から出向きましたが……お取り込み中のようなので時間を改めた方がいいですか?」


 レナートは、いつものように口角を少し上げて、私達を微笑ましそうに見ながら言った。

 すぐさまマヤが顔を真っ赤に染めて「も、申し訳ありません!」と謝る。


「ううん、大丈夫……。久しぶりね」

「はい。それで、ヴァレリオが来ているはずなのですが、姿が見えませんね?」

「うちの悪……じゃなくて執事と、庭に向かったわ」

「おや、どうされたのですか? ロッセにあれだけ会いたそうだったのに……。では、私達もそちらで話をしませんか?」

「あ……うん……いいけど」


 かくして、私達は庭の方に向かった。



 カン! ……カン!


 私達が庭に出ると、木と木がぶつかる乾いた音が聞こえた。

 ヴァレリオ殿下とグラズが、木製の剣を交えている。

 二人は本気というわけでもなく、汗もかかぬ程度にじゃれ合っているように見える。

 マヤ達が急遽、可愛らしい丸いテーブルと椅子を出してくれた。私はそこでレナートとお茶を頂きながら、彼らの戦いを見る。


「それで、何しに来たの? 私に会いたいから?」

「……っ。正直なところ、会いたいという気持ちはありましたね」


 なっ……。

 思っていたのと違う反応で……困る。


「おや、聞いたあなたが赤くなって……不思議ですね」


 ヴァレリオ殿下と違ってこういう、全部を見透かすような所が前世と何も変わらないな、と彼の口角を見ながら思う。嫌な感じではないんだけど……なんというか、悔しい。


「レナートだって…………じゃなくて……本当のところは?」

「はぁ……貴女がなかなか王城に来ないので、こうして足を運んだのです。ヴァレリオの誘拐について聞きたいことがありましたし、分かったことを伝えようと思いまして」

「ふむふむ?」

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