第12話 元勇者の王子とゆっくり話しました。

 レナートの話をまとめる。

 騎士や衛兵達が誘拐事件の後、あの館を引き続き調査していたらしい。すると魔方陣が床に記してあった部屋に、突然誘拐犯の大男が姿を現したという。

 その大男は憔悴し酷く怯えていて、全て話すから保護を求めてきたとのこと。

 多分……次元追放バニッシュされたことがよほど堪えたのだろう。

 しかし、肝心な記憶は失われていたようで、なぜ王子を誘拐したのか、指示したのは誰なのかという核心に迫る情報は綺麗さっぱり消えていたのだという。

 魔法により記憶を呼び覚まそうとしたのだけど、復元できなかったのだとか。


「魔方陣の様子から、悪魔と契約し、魂の一部とされる記憶を奪われたのではないかと考えています」


 レナートは、視線を落として言った。

 大男から記憶を奪った悪魔とはグラズではないはずだ。多分、グラズなら足りんなどと言って魂そのもの、全てを奪うだろう。そういうやつなのだアイツは……。

 だとすると、別の悪魔が暗躍していそうだ。服屋を営んでいたコリノさんの奥さんが取り憑かれた下級悪魔レッサーデーモンの件もあるし……。


「悪魔……物騒な世の中よね」

「そういえば前世では、貴女に悪魔の部下がいたと思いますが、何か聞いていませんか?」


 えっ…………。

 ドキドキ。この胸の高まりは……恋……じゃなくてレナートの視線が怖いのだ。


「ううん、な、何も……」

「そうですか…………話を聞けたなら……その後は滅ぼすだけなのだけど」


 何か隠しているだろう? とでも言いたげなレナートの視線が私に突き刺さる。

 確かに、元部下の悪魔グラズは、あそこに、すぐ近くにいるのだけどね……。

 視線を剣を交えている二人に向けると先ほどのじゃれ合うような雰囲気ではなく、お互いに少し本気を出しているようだ。


「悪魔が嫌いなのね」

「好きではないですね。だいたいあの悪魔、我々よりちょっと長く生きているからと言って偉そうに……」

「それね……。なかなか話を聞いてくれなくて……そういえばレナートの部下はどうしたの?」

「部下ではなく、仲間ですね。こちらの世界ではまったく見かけません。こちらに来ているのかどうかも分からず」

「そっか……」


 レナートの顔が濃い影に沈んむ。しかし、すぐに私の顔を見つめてきた。


「だから、貴女に会えたのは幸運でした」


 レナートの言葉に、少しばかりの熱を感じる。

 その熱は、とても温かく感じた。私を焦がすまでの熱量には到らず、心地いい。


「そ……そう……まあ、そのうち会えるんじゃない?」

「はは、そうかもしれませんね」


 まるで、それはどうでもいいことだと言いたげに、彼は少し軽薄な返事をした。

 レナートは、指切りしたとき思ったのだけど、甘えんぼさんで……さみしがり屋なのかな。私は記憶を取り戻した後すぐにレナートに会えて良くも悪くも彼のペースに乗せられている。もし彼と会わなかったら、寂しい思いをしたのだろうか?


「それともう一つ、貴女が会ったという少女なのですが……ヴァレリオを助けたという」

「カリカのこと?」


 そういえば彼女ともここ数日会っていない。

 魔法を私に習いたいということだったけど、忙しいのかもしれない。彼女の都合が付けば、連絡があるはずだ。

 カリカ・シーカ。平民で親元を離れ、一人でこの王都に来て住み込みで働いているとのこと。両親とは不仲で、交流は途絶えているという。つてを頼って、この王都にやって来て、来年から魔法学園に入学するという。

 割と強い魔力を持っているものの、どんな魔法が得意になるのかは不明。


「いくつか気になることはあるけど、どうして彼女が浚われたのかは分からず、大男との関係は不明です。強い魔力があることは、周囲の人間には話していないようでしたし……貴女に聞いた話をまとめても、ピンと来ないな……」


 どうもレナートは彼女が気になるようだ。

 さすが主人公。何もしなくてもレナートが攻略されてしまうのだろうか? 確認しなくては。


「ねえ、すっごく調べたみたいだけど……まさか、カリカのこと気になるの?」

「え? あのですねロッセ……私は……」

「カリカには内緒にしておくから、本当の所はどうなのよ?」

「まだ会ったことも無い人にどうもこうもないです。私は事件の真実が知りたいだけなのです」


 彼の語気がやや、イラつくような、逆刺さかとげを持ったものに変わった。


「ご……ごめんなさい……。そうね、真面目な話だもんね」

「いや……私の方こそ……済まない」

「……」

「……」


 お互い無言になって見つめ合う。

 前世なんて何日も声を出さない日があったから私はずっと黙っていても平気なのだけど、なんというか気まずい……。

 何か話題を……。


「ねぇ。うちに来た理由はそれだけ?」

「……あとは、弟が婚約のあいさ…………ん? あの執事服の男どこかで……新しく雇われたのですか?」

「そ……そうだけど。お父様がどこからか連れて来たの」

「なるほど。ああ……ああ……惜しい…………いや、ヴァレリオ、そうじゃない……」


 私の存在を忘れたように、レナートは二人の戦いに見入っていった。

 次第に、彼の目にさっきとは異なる熱が帯びてきている。ちらちらと二人を見る回数が増えていく。


「あーそうじゃない! まったく……剣の受け方はな……」


 遂に、レナートは我慢できなくなったのか着ていた上着を椅子に掛け、二人が稽古をしている方向に歩き出してしまった……。


 ……ぽつんと取り残される私。寂しい。猛烈に寂しい。話の途中だったのに……。

 そういえば乙女ゲームの中でも、似たようなことがあった。攻略対象達が主人公をほっぽり出して遊ぶシーンがあるのだ。その時の主人公の気持ちがよく分かる。


 どうして、男の子ってあんなに……あんなに……バカなのかしら……!

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る