第15話 八つ当たりをしてしまいます。

 このままだと、レナートの唇が私に触れる。

 それを分かっていても、拒否できないばかりか、自らが望んでいる。


 私は、今いったい何をしているのか。

 こんなことをしている状況ではないと分かっている。

 こんなことをしていい立場ではないと分かっている。


 だからこそ……。

 目の前の人を、好きなのだと自覚してしまうと、抑えが効かない。


 私は、こんなに……こんなにも……。


 頭がいっぱいになって、思考が停止する。


 ——カチャ。

 乾いた音が聞こえた。


 その音に反応するように、レナートが私の肩を柔らかく突き放す。

 温かだった身体が離れていく。

 それは拒絶の意味を持ちながら、同時に優しく、切なかった。


 私はゆっくり目を開ける。

 そこには、額に悲痛な曇りを帯びているレナートがいた。

 多分、私も同じ表情をしているだろう。


 彼が口を開く。


「私は……いったい何を……?」


 レナートもまた、薄暗い戸惑いの中にいるようだ。


「私は……。貴女にいったい何を……? 弟の婚約者に……」


 レナートは、信じられないといった顔をしている。

 それはとても悲痛で……。


 私は軽く首を振り、伝える。


「ううん、いいの。私も同じだから、そんな顔しないで」


 目頭が熱くなる。

 彼の目も潤んでいるようだった。


 本当は、ぎゅっと抱き締めたい。

 男女とかそう言うことは関係なくて、戸惑う彼の気持ちを落ち着かせてあげたい。


 でも、できない。

 なぜなら、意識してしまったから……。



「ドコダ?」


 悪魔の息づかいが聞こえた。

 レナートはすぐに、とても怒ったような病状に変わっている。


「ロッセ。今、私は、私自身の不甲斐なさに大変に不機嫌になっています。その気持ちを貴女と一緒に……あの悪魔にぶつけたいと思うのですが、いかがでしょうか?」


 彼からの提案だった。

 私も、ちょうど同じ事を言おうと思ったところだ。


「そうね。私も同じ気持ちよ」

「ちょうど、ここに剣がありますね」

「え? 剣?」


 そういうと、彼はいつものように口角を上げる。

 続けて、レナートが床に落ちていた儀式用と思われる古びた剣を手に取った。

 彼がこの剣を踏んために、さっきの乾いた音がしたのだろう。


「では、行きましょうか」

「ええ!」


 私たちは同時に立ち上がり、自らの鬱憤をぶつけるように、悪魔に対峙したのだった。



 武器さえあれば、あとは一方的な展開になる。

 私が、【武器強化】の呪文や【加速】の魔法で援護し、レナートが斬りかかる。

 狭い部屋で大柄な悪魔はあまり大きく動けない。

 レナートは、それを上手く利用して、ちょこまかと動き回り切りつけていく。


 悪魔は援護している私を狙うものの、レナートは完璧に守ってくれた。

 戦闘になると、圧倒的な力を見せる彼を改めて、すごいと思う。


「ウガ……」


 レナートが悪魔に止めを刺した。

 悪魔の身体がゆっくりと煙のように霧散していく。


「ふう」

「お疲れさま、レナート」

「いえ、貴女の援護のおかげです。魔法の力がなければ、この剣は耐えられなかったでしょう」

「そっか。かなり古い剣だったものね」


 彼の持つ剣が、粉々に崩れていく。

 強化魔法が時間切れで解け、限界を超えた力を受けたためだろう。


 レナートは、私に向き合った。


「ロッセ、さっきのことは……申し訳ありません。悪いことをしてしまいました」

「ううん。私が悪いの」

「いや……」


 沈黙が私たちを襲う。

 さっきまでと違い、レナートは、よそよそしく、距離が開いている。

 目も合わせてくれない。

 どうしようかと思っていると、彼が口を開く。


「では……まず一端城に戻りましょう。マヤさんには、使いを出しておきます」

「うん……」

 

 遠慮がちに少しだけ彼は私に触れると、転移魔法を唱えた——。




 王城の来賓用の部屋。

 そこに、アリシアが寝かされていた。


 彼女は王城に転移されてからも意識が戻らないという。

 部屋には、アリシアと私、あとは侍女が控えていたのだけど、レナートはその侍女を下がらせた。


「さて、彼女の家に使者を送っています。一応、あのような怪しげな儀式を行っていたので、事情を聞かないといけません」

「そうね。仕方ないと思う」

「いったん私がこの件を預かります。本来は兄上や父上に相談すべきことかもしれませんが——」


 彼がそこまで話したところで、アリシアの目が開いた。

 私は、早速彼女に話しかける。


「アリシアさん、大丈夫?」

「ここは……?」

「ここは、王城の一室よ。何も覚えていない?」


 私の顔を見ると、ガバッとすごい勢いで彼女が起き上がった。


「あなたは……ロッセーラ…………ううん」

「そうよ。私はロッセーラ」


 意識はしっかりしていそう。

 少しは安心、と思ったのも束の間……。


「いいえ、貴女は……貴方様は!!」

「え?」


 突然叫び出すアリシア。

 彼女の瞳が僅かに輝いている。


「ああ、こんな可愛らしくなられて。益々……愛しい……ひと」

「ええっ? アリシア、何を言っているの?」

「アタシのこと分かりませんか? 酷い。ずっとお慕いしているのに」


 これは……さっきの儀式で何かされてしまったのか……?

 それとも……?


「アリシア?」

「いいえ……私の名はリリー。覚えていませんか?」


 ああ、思い出した。

 私の前世の部下の一人——。

 あの、やたら同衾を迫ってきた……淫魔。


「サッキュバス?」

「そうです! 魔王様!」


 私は、レナートの手前、反射的に彼女の口を押さえたのだった。

 なんかもう遅い気がするけど。

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