閑話 夢を叶える魔法を開発します。——グラズ——

 王子殿下との婚約も決まり、魔法学園への入学を待っているある日のこと。

 カリカから連絡があり、午後からこの館を訪れるということだった。


 あまりカリカのことを知らないから、まずは、いろいろ話がしたい。私から習いたいと言っていた魔法のことは、その後でもいいかもしれない。

 などと自室で考えていると……。

 グラズが、眉を寄せ声を小さくして私に話しかけてきた。


「ロッセーラ様。一つ、質問があるのですが、よろしいですか?」

「何よ、畏まって……グラズらしくもない」

「らしくねーな」


 私に続いて、ベア吉が同調した。

 グラズとベア吉は結構気が合うらしく、私のいないところで時々会話をしているようだ。


「前世では、【願いの顕現ウィッシュ・リヴェレーション】という魔法を開発していたと思うのですが、もうされないのでしょうか?」

「ああ……そんな魔法もあったなぁ」


 うん、すっかり忘れていた。


 古い伝承によると【願いの顕現】という魔法がかつてあったそうだ。究極魔法の一つとされている。

 この世界の事象に干渉し、過去・現在・未来の書き変えを行い、術者の願いを叶えるという魔法だ。

 前世では、グラズと一緒にこの魔法の完成を目指していて、あと一歩という所まで来ていた。


 ただし、無制限に願いが叶うわけではない。

 例えば、術者がある者の死を願ったとする。その者の死が近ければ叶えられる可能性が高く、そうでなければ、失敗する可能性が高いのだという。

 魔法の起動に失敗するだけならまだいい。場合によっては、無理やり願いを実行するために、手段をねじ曲げ実行されてしまう。

 例えば、先ほどの例だと術者を遠い未来に転送してしまう。その結果、術者にしてみれば死を願った者が既に亡くなっているので、願いが叶えられたというわけだ。

 大きな見返りがある分、リスクがある魔法なのだ。


「ごめん、忘れてた!」

「ごふっ……そ、そうでしたか。何か理由があって止めていたのだと思い、聞くのも遠慮をしていたのですが…………では、また我と一緒に開発しませんか?」

「そうね。じゃあ……さっそく……ってどこで?」

「実は、旦那様にお願いして、ロッセーラ様のための魔法研究室を作っていまして……」

「ちょと待った! 今なんて?」


 どうやら私に黙って変な建物を作っていたようだ。


「はぁ……いつのまに……まあいいわ」


 私はグラズと共に魔法の開発を続けることになった。研究室はまだ完成していないので、一旦は自室ということになるけど……。


「えっと、とりあえずどこまでできてたっけ……?」

「恐らく呪文は完成しています。あとは、上手く魔力のコントロールを行うだけなのですが……」


 それができれば苦労しないのだけどね……。

 とりあえず、この前買った魔術書に呪文をグラズに書いて貰うことにした。私は読み上げるだけだ。


 さらさらと、ペンを滑らせるグラズ。

 部屋には、呪文を紙に紡ぐ音だけが響いている。

 暇を持て余した私は、前から聞いてみたいことがあって、グラズに質問をすることにした。


「ね、グラズはどうして、前世で私の部下になったの? それに今も……。前世でも、あなたの方が強かったでしょう?」

「……今はもちろん、ロッセーラ様が召喚主であることが理由です。この世界に私が留まっていられるのは、ロッセーラ様のおかげですし……。契約はまだ結んでいませんが、それが履行されるまでは少なくとも、私の主人であることに変わりはありません」

「うーん、分かったような分からないような……。じゃあ、前世は?」

「そうですね。いくつかありますが、やはり一番の理由は、今まさに研究しているこの呪文にあります。過去に存在したものの、どの魔術師も、悪魔も……ハイエルフでさえ再現することに成功したことがない究極魔法。それこそが、我の願いであるのです」


 グラズによると、この魔法の実現には絶大な魔力が必要だということだ。前世の私であれば十分に魔法が起動するだけの魔力を持っているということだった。それに、なんでも覚えてしまえば唱えられるという特殊な能力が重要なのだという。


「ふぅん……あんまり物事に頓着しない性格だと思ったのに、この魔法にはこだわるのね」

「はい。どうしても負けたくないヤツがいましてね。この呪文を見せつけてやりたかったのです」

「なるほどね。だけどさ、一つ忘れていない?」

「はい?」

「今の私は……その呪文発動できるだけの魔力が無いのだけど」

「あっ………………」


 彼の持つペンの動きが止まる。


「では、我の魔力を呪文を唱えるときにお渡ししましょう」

「そんなことできるの?」

「はい。もちろん」

「あのさ、なんでそんなに嬉しそうなの?」

「どうしてでしょうね…………それはともかく呪文の記述が完了しました」


 グラズが私に呪文書を手渡してきたので、受け取って開く。

 少し長い呪文ではあるけど、問題無く唱えられそうだ。


「じゃあ、魔力を頂戴」

「はい、では……」


 そう言ってグラズは、太い腕で、その厚くて暑苦しい胸元に私を抱きよせた。そして彼の顔が近づいてきて、唇が触れそうに……。えっ?


「ちょっと! 何しようとしてるの?」


 私はグラズを両手で押しのけ距離を取る。


「いえ、口づけをして魔力を……」

いや

「はい?」

「嫌! ……今はそういうのは気分じゃない…………他の方法はないの?」

「ふむ。では手を繫いでそこから魔力を」

「最初からそうしてよ!」


 気を取り直して、呪文を唱える準備をする。

 片手はグラズの手を取り、もう片方は魔術書を持ち、魔力を受けながら呪文を唱える。


「【願いの顕現ウィッシュ・リヴェレーション】!」


 少し長い呪文を唱え終えた。そして私の願いを頭の中で思い浮かべる。

 願いとは「バッドエンドを回避できますように」というささやかなものだ。これくらいならきっと、おかしなことにはならず、願いが叶えられそうだという打算がある。


 願いを思い浮かべると同時に、グラズから供給を受けていた魔力がフッと体から消失した。次に、視界がゆがみ体がフラつく。

 倒れそうになる私をグラズが支えてくれた。


「あ、ありがとう…………もしかして、起動した?」


 しかし、グラズは渋い顔をして顔を横に振った。


「多分、失敗です。魔法の起動を感じたものの、何かが変わったようには思えません。また、挑戦しましょう」

「そ……そうね……」


 非常に残念だけども、この魔法がうまく起動するようになれば、バッドエンド回避、もしくはそのヒントが掴めるのではないかと私は思う。

 グラズも協力してくれると言うので、懲りずに開発は続けていきたいところだ。

 彼の腕の中でそう考えていると、ドアがコンコンとノックされる音が聞こえる。


「ん? 誰でしょうか……?」


 グラズが勝手に、「どうぞ」と返事をしてしまい……。

 ドアが開くとマヤが入ってきて、私達の姿を見て固まった。そして、次第に顔が紅潮していき……。


「…………お……お嬢様にいったい何を! だいたい、あなたは執事として……」

「こ、これはですね……」


 激昂してグラズに詰め寄るマヤによって、その場は修羅場と化したのだった……。

 究極魔法の再現は、いったいいつになるのやら。

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