第31話 何かわからない。

 雨音が帰ってくるまでに彼女の家に戻らないといけない俺は、そこまで遠出できるわけもなく、駅前近くにある商業施設へとやってきた。

 いつか雨音と訪れたショッピングモールに比べると規模は劣るが、それでも若者向けのブランドショップがたくさん入っているので、ここなら彼女の誕生日プレゼントが見つかるだろうという算段だ。

 

 ……とは考えたものの、雨音が欲しいものって何だ?

 

 駅直結の8階建てのビルの中、エレベーター横の壁に取り付けられたフロアマップを見つめながらそんなことを悩む。改めて俺は雨音のことを何も知らないんだなと痛切してしまう。

 ……こんなことなら、普段からちょっとずつでも雨音がほしいものをリサーチしておけば良かった。

 とまあ、そんなことを思ったところでどうにもならないので、俺は記憶に残っている限りの雨音について知っていることを思い浮かべて、彼女が欲しそうなものを推測する。

 ファッション……は好きそうだけれども、雨音の好きなブランドがわからない。

 一緒にショッピングモールに訪れた時に、あれやこれやと色んなお店に連れ回されたが、下着ショップの出来事がインパクトあり過ぎてそれしか覚えていないし、だいたい雨音の好きなブランドが俺の心もとない軍資金で買えるのかどうかもわからない。

 一着15万とかいわれたら即アウト。同じ理屈でアクセサリーとかも買えるかどうか怪しいところだ。

 

 だったら食べ物とかお酒は? と一瞬そんなプランも考えたが、何だかあんまり誕生日プレゼントぽくはないし、それにお酒は色んな意味で危険だ。

 雨音はアルコールを摂取するとただのケモノ化してしまう恐れがあるからな。

 俺はそんなことを思うと、引きつったような苦笑いを浮かべてゴクリと唾を飲み込む。 

 わざわざ誕生日プレゼントをあげるのに、俺まで飛び火してきそうなリスクは背負わなくてもいい。


「とりあえず見て回るか……」

 

 結局フロアマップを見るだけでは、どこのお店にどんなものがあるのかわからず、俺は1階から順に見ていくことにした。

 やはり夏休みというのはどこも同じ現象を引き起こすようで、平日のこの時間帯でも家族連れやカップルの姿などで建物内は人で溢れかえっていた。

 目の前を歩く、自分より少し年上とおぼしき男女が仲睦まじく手を繋いでいるのを見て、俺は何故だか雨音の姿を思い出してしまい恥ずかしくなって目を逸らす。

 無意識にきゅっと握りしめた右手には、何となく、あの日の夜に手を繋いできた雨音の温もりがまだ残っているような気がした。

 俺が雨音に誕生日プレゼントを贈ろうと思ったのは、普段からお世話になっているのでそのお礼としてだ。

 ……が、それだけが理由でないことも、今の俺はハッキリと理解していた。

 9つも年上で、ましてや家出した自分のことを誘拐したような相手に、俺は自分自身でも呆れてしまうような感情を抱いてしまっている。

 バカげているのも、あまりに無謀過ぎるのも百も承知。それはわかっている。

 けれどいくらそんな理屈をこねくり回して、いつの間にか自分の心に芽生えていた感情を摘み取ろうとしても、そんなこと出来るはずもない。いや、それどころか今ではそうしたくないとさえ思っている自分もいる。


 ……雨音にとって俺はどんな存在なのだろう?

 

 いつかの問いが、再び自分の胸の中に、甘酸っぱさを滲ませて現れる。

 考えたところで雨音の本当の気持ちなんて俺にはわからないけれど、少なくとも、どうでもいい存在ではないはずだ。だから、もしかしたら……


 俺はそんなことを思うと、彼女との繋がりを確かめるように再び強く拳を握りしめて、雨音に贈るプレゼントを探すために歩き始めた。

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