第27話 そこがすっごく気持ちいい
……大丈夫なはずがなかった。
豪勢な料理と、そして徳利の中身も空にした雨音は両頬を薄紅色に染めて、座椅子にだらりとだらしなくもたれかかっていた。
「彰くぅーん、肩揉んでよぉ」
「…………」
男の本能をくすぐるような猫撫で声。中学生の俺でも、その効果の危険度具合をもろに感じてしまう。
そんな
「嫌だ。それに海で遊んだだけで肩なんて凝らないだろ」
俺はそう言うと、何とかうまく言葉を返すことができた自分に心の中でガッツポーズをする。するとなぜか雨音が呆れたように大きなため息をつく。
「違うよ……。ほら私、おっぱいが大きいから肩が凝りやすいの」
「おっぱ……」
アルコールが入っているせいか、女のくせにオブラートさを大胆にも捨ててきた雨音に、思わず俺の方が顔を赤くする。
しかも何を血迷ったのか、彼女は両手で自分の胸を持ち上げると、頼んでもないのに「ね?」とその大きさをゆさゆさと揺らしてアピールしてくるではないか!
「あ、さては恥ずかしくて出来ないんだろぉ。君もまだまだお子ちゃまだなー」
「なッ」
酔っ払ってるくせに、ピンポイントで俺のイラッとくるところを突いてくるとか、コイツどれだけタチが悪いんだよ。
そんなことを思いながらカチンときた俺はすぐさま「べつに恥ずかしくなんてねーよ」と語気を強めて言うと、そのまま立ち上がって雨音の方へと移動する。
そして彼女の後ろにしゃがみ込むと、一度小さく深呼吸をしてから覚悟を決めて、雨音の両肩にそっと触れた。
「ひゃッ、こそばい!」
俺の指が触れた瞬間ビクンと身体を震わせる雨音。その拍子に彼女の肩から浴衣がずり落ちそうになり慌てて阻止する。
危なかった……
たったこれだけのプチハプニングで、早くも俺の心臓は爆発寸前だった。そんな俺の心境をまったく知らない雨音は、「早く早く!」と両手で俺の腕を掴んで急かしてくる。
「……わかったよ」
俺は嫌々ながらそう呟くと、雨音の肩を揉み始めた。人の肩なんて揉んだことがないのでわからないが、たぶん女性だからだろう。雨音の肩は思っていた以上に柔らかかった。
「あーそこそこぉ、すっごく気持ちいい」
「…………」
酔っていながら俺をからかっているのかそれとも本気なのか、雨音は「彰くんすっごく上手ぅ」とか「おねーさんヤバいかもぉ」とか、わざわざ声にしなくてもいいことを、しかも甘えたような声で言ってくる。
もちろん俺はオール無視して、これ以上煩悩を刺激しないようにと目を瞑ると、心の中で念仏がわりに九九を唱え始めた。
すると暗闇の中でも、雨音の声が聞こえてくる。
「あのさ彰くん。気付いてると思うけど……」
「……なんだよ」
妙に改まった口調で話し始めた雨音に、俺はうっすらと目を開けると彼女の横顔を見る。すると雨音の潤んだ唇が、少し恥ずかしがるようにわずかに上下する。
「わたし今……ブラジャーつけてないの」
「………………」
しちごさんじゅうご、しちろくしじゅうに、しちさん……ってあれ、なんか戻ってないか?
俺は心の中で大合唱するかのように九九を唱えながら、雨音の言葉は聞こえなかったふりをした。
が、イタズラ好きの彼女がそれで諦めるわけもなく、顔を反らして上目遣いに俺の顔を見てくると、ニヤリとその唇を動かす。
「気付いてた?」
「…………」
何の自己申告だよ……というより今、見えたらダメな部分まで見えてしまったような……
無意識に雨音のはだけた胸元をチラチラと見ていた俺は、そんなことを思った瞬間ハッと我に返って慌てて視線を外した。
雨音は気付いているのかいないのか、「どしたの?」とトロンとした目で小首を傾げる。
「いや……何も……」
ありません、と俺は出来るだけ丁寧な言葉で答えた。どうやらこういう場面では勝手に敬語になってしまうようだ。
そんな自分に、雨音は「ん〜?」と怪しむように目を細めていたが、お酒も飲んで眠くなってきたのか、ふぅあと大きく欠伸をする。
「ダメだ……そろそろ眠くなってきちゃった」
「朝早かったしな」と俺もすぐさま言葉を合わせると、これ以上理性が揺らぐと危険だと感じて雨音の肩から両手を離す。そして早いとこ雨音を寝かしつけようと思い、布団を用意しようと立ち上がった。……が、そこでやっと肝心なことに気づく。
ちょっと待てよ、この状況って……
立ち上がった俺の視界に映るのは、広いとはいえ仕切りも何もない2名一室の和室の部屋。そして足元には乱れた浴衣に身を包み、アルコールのせいでほとんど本能丸出し状態となった雨音の姿。
そんな恐ろしくも誘惑的なシチュエーションに頬を引きつらせた俺は、思わずゴクリと喉を鳴らす。
……俺、無事に朝を迎えられるよな?
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