第11話 デートのお誘い

 翌朝、俺は雨音に気づかれる前にこっそりと家を抜け出すことに成功……することもなく、昨日と同じように朝食の席に座らされていた。

 ちなみに今日の朝飯は白米に味噌汁、それに鮭と味海苔と随分と和風テイストなメニューだ。


「あーあ、ほんとは昨日も彰くんと一緒に寝たかったんだけどなぁ」


 ふぁあと大きく欠伸と伸びをしながら、目の前で座っている雨音が唐突にそんなことを言ってきた。不意打ちのようなその言葉に、口につけた味噌汁が思わず気管に入りそうになり俺は思いっきり咳き込む。


「ごほっ……ば、バカっ! 突然変なこと言うなよ!」


 咳き込み過ぎたのか、それとも恥ずかしさのせいなのかわからないが、俺は顔が急激に熱くなるのを感じながら雨音のことをギロリと睨んだ。けれど、もちろん睨んだところでこの女に効果はない。


「あははッ、そんなに動揺しなくてもいいのに」


 雨音は反省するどころか、俺が胸を叩いて呼吸を落ち着かせようとしている姿を見てケラケラと笑っている。

 朝っぱらか本当にムカつく奴だ。しかもこの女、昨夜もこっそりと俺が寝ている間に部屋に忍び込んできたかと思うと、突然背中から抱きついてきたのだ。

 驚いて飛び起きた俺は、その後半ば力強くで雨音を部屋から追い出すことには成功したものの、瞼を閉じるたびに雨音の体温を思い出してしまい、まともに寝ることが出来ないという被害を被ってしまった。


 くそ……今日は絶対に部屋には入れないからな。


 相変わらず楽しそうに笑っている雨音を睨みながらそんなことを思っていると、相手が再びけらりとした声で言う。


「彰くんはなかなかガードが固いからなぁ。どうすれば懐いてくれるんだろ?」


「ガードが固いって……」


 俺は呆れて同じ言葉を呟くと、あまりにも無防備な姿をしている雨音の姿をチラリと見る。

 寝癖こそついていないが艶のある長い髪はセットされていないし、部屋着として着ている白いTシャツはヨレヨレだ。そのせいでだらりと大きく開かれた胸元からは、いかにも柔らかそうな素肌が谷間と一緒にアピールされていて、思わず目のやり場に困ってしまう。

 とは言っても、理性とは反対についつい視線はそっちに向かいそうになるので、男の性というのは中学生といえどタチが悪いようだ。

 そんなことを考えていると、急に雨音がぐいっとテーブルに身を乗り出して目を細めてきた。


「さっきから君はどこを見てるのかな?」


「な、何も見てねーよ……」


 痛いところを突かれてしまい、思わずぎこちない口調になってしまう。俺はそれを誤魔化すように白米を口の中へとかきこんだ。

 視界の隅では、雨音がニヤリと悪戯っぽい笑みを浮かべたかと思うと、両腕でわざとらしく胸元をぎゅっと挟んでさらに谷間を強調してくる。ほんとこの女、俺のことおちょくり過ぎだろ。

 ふんと鼻を鳴らして俺は雨音から完全に顔を背けると、うるさく鼓動する心臓と動揺する心を落ち着かせようとして冷たい麦茶を一気飲みした。すると雨音が再び無邪気な声で言葉を発する。


「さて、彰くんがご飯を食べ終わったら一緒に準備しよっか」


「は? 何がだよ?」

 

 またも唐突に意味不明なことを言ってくる雨音の顔を、俺は眉をひそめてチラリと見た。


「何がって、そりゃあもちろん一緒にお出掛けする準備だよ」

 

 雨音はそう言って夏の太陽みたいな笑顔を浮かべる。俺はといえば、その言葉を聞いて思いっきり表情を曇らせる。


「……なんで俺がお前と一緒に出掛けないといけないんだよ」


「だってそろそろ彰くんの生活用品とか色々揃えないといけないでしょ? パジャマとか洗顔剤とか靴下とか……それにあとは、替えのパンツとか?」


「なっ!」

 

 明らかに意味深なニュアンスの笑みをニヤリと浮かべる雨音に俺はさらに目を細めたが、バツが悪くなってすぐに顔を逸らしてしまう。

 思春期で過敏な俺の失態を掘り返してネタにしてくるとか、こいつほんとに俺より大人なのかよ?

 視線を逸らしながらも不満たっぷりな顔をしていると、雨音はクスクスと笑いながら話しを続ける。


「ごめん冗談だって! でも男の子といえど必要なものはあるだろうし、だから今日は彰くんと一緒に買い物に行こうと思ってさ」


「あのな……何度も言うけど俺は家出をした人間なんだぞ? なのに何でお前と呑気に買い物なんてしないといけないんだよ。それにそんなものを買い揃えなくたって、俺はすぐに出て行くつもりだから必要ない」


「まあまあそう言わず! 私も買いに行きたいものがあるし、ここはデートと思ってついてきてよ。ね?」


「デートって……」

 

 俺は呆れた口調で声を漏らすも、慣れない言葉に心はそわそわしてしまう。

 

 ダメだ……この女といると俺のペースがどんどん乱される。ここは適当に言い訳を作って早くこの場から逃げないと……

 

 なんてことを考えつつチラリと相手の様子を伺った時、雨音がキラキラと目を輝かせているのを見てしまい、俺はどんな言い訳も通用しないだろうと一瞬で悟ってしまった。

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