第12話 夏は嫌いだ

 どうして夏なんて存在するのだろう。

 そんな無意味なことを考えてしまうほど、外はウザいくらいに暑かった。

 不愉快極まりない炎天下の中に連れ出されてしまった俺は、電車に乗り継ぎバスを乗り、そして見知らぬショッピングモールへと足を踏み入れようとしていた。

 隣では高そうなブランドのサングラスをかけ、白地に青のストライプが入ったシャツを風に靡かせながら、タイトなパンツスタイルで優雅に歩く雨音の姿。

 今朝見た時とはまるで別人かと思うぐらいおしゃれな姿をしている雨音の隣を歩くだけでも結構緊張するのに、彼女の左手がさっきからちょいちょい俺の右手に絡んでこようとするのだ。だから俺はその手を払いのけつつ、せめてもの抵抗として両手をズボンのポケットに突っ込む。


「もうッ、そんなに嫌がらなくてもいいのにー」


「い、嫌に決まってるだろバカ! ガキじゃあるまいしなんでお前と手を繋がないといけないんだよ」


「そりゃーもちろん君のことが放っておけないからだよ」

 

 そう言って雨音はまた悪戯っぽくにっと笑うと、今度は大胆にも俺の右腕に自分の腕をぎゅっと絡めてきた。突然の出来事に驚いた俺は、「やめろよっ!」と言ってチーターのような素早い動きで右腕を引っこ抜く。そして慌てて雨音の側から離れようとした。

 が、思った以上に心は動揺していたようで、踏み出した足がもつれてしまい、俺は思いっきり尻餅をついてしまう。


「いってー……」

 

 強烈な痛みに耐えかねて思わず情けない声を漏らすと、俺は右手でお尻を押さえたままその場にうずくまってしまう。


「だ、大丈夫?」とさすがの雨音も心配したのか、頭上から少し不安げな声が聞こえてくる。その言葉に、お前のせいだろと言わんばかりに睨みを利かせて顔を上げると、陽光が降り注ぐ視界の中で、ふっと柔らかい笑みを浮かべる雨音の姿が映った。


「立てる?」

 

 さっきまでとは違う落ち着いた声色で、優しくそっと右手を差し出してくる雨音。その表情にはいつもの子供っぽさはなく、まるで何もかも包みこむような大人の女性としての魅力があった。

 そのせいか、俺はそんな雨音の姿に一瞬気を取られてしまい、返事をすることを忘れてしまう。


「……べ、べつに大丈夫だ」

 

 俺は雨音が差し出してきた右手をパシンと軽く払うと、自分の力で立ち上がる。手を握るのが恥ずかしかったのもあるが、雨音に頼ってしまう自分が何となくカッコ悪いと思ったからだ。……まあ、尻餅ついた時点でカッコ悪いけど。

 そんなことを思いながらぎこちなく視線を逸らしていると、大人っぽい表情を浮かべたまま雨音がクスリと笑った。何だか自分がやたらと子供扱いされているような気がしてきて余計に気まずくなった俺は、ふんと鼻を鳴らしてそっぽを向くと、一人スタスタとショッピングモールの入り口に向かって歩き出す。


「こら、私を置いていくなッ!」

 

 けろっといつもの口調に戻った雨音は、バタバタと慌ただしい足音を立ててすぐに自分の隣までやってきた。

「もうッ」とわざとらしく唇を尖らせるその横顔は、なんだか駄々をこねる女の子みたいに思えてきて、俺は思わず小さくため息を吐き出す。

 

 やっぱりこの女はよくわからない……

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