第13話 その視線の先に

 初めて訪れたショッピンモールは、入り口の看板で『県内最大の大きさを誇る!』とアピールしていた通り、その広さに俺は驚いてしまった。

 アパレル、インテリア、それに携帯ショップや電気屋まで入っているこの施設には250以上のショップが入っているらしく、地下1階から4階までのフロアマップを見ていると、何だか自分がダンジョンの中に迷い込んでしまったような感じがした。

 そんなことを思いながら、ずらりと並ぶ見慣れないショップ名を眺めていると、俺が着ている半袖シャツの袖がくいっと引っ張られた。


「よしッ! まずはここから探索だ」


「ここって……思いっきりレディースフロアじゃねーか」


 意気揚々に人差し指でフロアマップを指差す雨音に、俺は呆れた声で言葉を返す。示された箇所にはメンズの『メ』の字も見当たらない。

 そんな俺の疑問など一切気にする様子もなく、雨音は「そだよ」と当たり前のようにけろっとした笑顔で答えた。


「あのな……俺の生活用品を買いに来たんじゃねーのかよ?」


「もちろん! でもほら男の子のお店に行くならこの場所通らないといけないし、それに私も買いたいものあるって言ったでしょ」

 

 ね? と目を輝かせながらパチンと手を合わせてお願いしてくる雨音を見て、俺はまたも盛大にため息をついてしまう。

 こいつ、俺の生活用品を買いに来たとか言ってるけど結局自分が買い物したかっただけなんじゃねーの?

 まさか荷物持ちとして連れてこられたとか? なんて不安を感じていると、「じゃあ出発!」と小さく右腕を上げた雨音が軽快なリズムで歩き始めた。

 そのまま後ろ姿を見送ってとんずらしてやろうとかと思ったけれど、雨音は数歩進むとピタリと足を止めた。そしてこちらを振り返ってくると、「早く行こうよ」と言わんばかりに笑顔でじーっと見つめてくるので、俺は諦めてため息と共に右足をゆっくりと踏み出す。 

 心なしか、両足が鉛になったみたいに重い。

 

 夏休みということもあってか、モール内は祭りでもしてるんじゃないかと思うほど混雑していた。普段から人混みが苦手な自分にとっては、まさに地獄絵図のような光景だ。


「なんか久しぶりだなぁ」

 

 人の多さなんて気にする様子などまったく見せず、雨音は楽しそうに周りを見渡しながらそんな言葉を口にした。


「昔はよく家族でここに買い物に来てたんだよ」


「……あっそ」

 

 明るい声で話しかけてくる雨音とは反対に、俺はそっけない態度で返事をする。そして話しかけてくるなオーラを全力でアピールして見えないバリアを張るのだが、相手はいとも簡単にそれを飛び越えてくる。


「彰くんは家族と出かけたりとかよくしてたの?」


 雨音はそう言って俺の顔を覗き込んできた。くるんとした大きな瞳が結構な至近距離で自分の表情を映す。


「べ、べつに家族と一緒に出掛けたことなんてねーよ」


 ふわりと鼻先をかすめる雨音の甘い匂いから逃げるように、俺はそう答えるとすぐに顔を逸らした。すると雨音は、「ふーん、そうなんだ……」とどこか少し寂しげな声を漏らす。


「じゃあ休みの日とかいつもどんな風に過ごしてたの?」


「べつに……部屋にずっと篭ってた」

 

 俺は少し雨音から距離を取りながらぶっきらぼうに言った。当たり前だが、仕事が多忙な父親を持つ父子家庭で育った俺が、家族と一緒に出掛けた記憶なんて一つも持っていない。

 それに、もしそんな機会があったとしても俺は絶対に断る自信がある。

 あんな奴と出掛けたところで話すことなんてないし、向こうだってそんなことを望んでないだろう。

 再婚してからはたまに母親と小学生のガキどもを連れて出かける姿を見ることもあるが、俺は声を掛けられることもないので、その時だけは家でゆっくりと過ごすことができるのだ。


「そっかー。でもまだまだ中学生で若いんだし、たまにはこうやって外に出掛けて思いっきり遊ぶのも良いと思うけどなぁ」


「はぁ……それはお前の考え方だろ。俺はべつに誰かと遊びたいなんて思わなしい、そもそも人と関わること自体が嫌なんだよ」

 

 いつの間にかピタリと隣まで近づいていた雨音に向かって俺は言った。そしてまた少しだけ雨音から距離を取る。すると相手は唇を開くと同時に、その距離をすぐにまた詰めてきた。


「君はほんとにもったいないなー。せっかく優しくて良い子なのに、それじゃあ人付き合いで損しちゃうぞ」


「は? 何で会ったばかりのお前にそんなことがわかるんだよ。適当なこと言うなって」


「適当なんかじゃないよ。私は彰くんのこと本当にそう思ってるよ。実際こうやって私のお願いも聞いてくれてるしね」


「……」

 

 上機嫌にウィンクしてくる雨音に、俺は白けた視線だけで返事を返す。お願いを聞くもなにも、お前が勝手に連れてきただけだろ。

 そんなことを胸の内で思いながら声にしようかどうか考えていた時、再び雨音の言葉が耳に響いた。


「彰くんはきっと、周りの期待に応えようとしすぎちゃう性格なのかもね」


「は?」

 

 唐突に雨音が口にした言葉に、俺は思わず声を漏らした。すると雨音はその潤んだ唇でそっと弧を描く。


「だって口は悪いけどいつも相手のことは考えてるし、それに家族のことはあんまり深く知らないけれど、彰くんなりに色々とずっと我慢してきたんでしょ?」


「……」

 

 反論してすぐにでも会話を終わらせてやろうと思っていたはずが、俺は気づけば黙ったまま雨音の話しを聞いていた。

 どうせ適当なことを言っているのだろうと頭の中では反発しているものの、なぜか心の奥ではそんな考えとは違う感情がざわついてしまう。

 何だろう、とその感情の正体を掴もうとする前に、「だから……」と雨音がぼそりとまた口を開く。


「何もかも嫌になって家出したくなっちゃたんだよ……きっと」


 周囲の喧騒に飲み込まれてしまいそうなほどの小さな声で雨音はそう言うと、すっと目を細めて遠くのほうを見る。

 その横顔は妙に印象的で、前を向いているはずなのに、まるで誰かの心を見つめているようにも俺には思えた。

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