第20話 そこを見るのはセクハラです。

 炎天下の中、地獄のような草むしりを終えた俺は、そのまますぐに風呂場へと向かった。

 汗だくで疲れ切った身体にとって湯船はまるでオアシスのようで、水を得た魚のように全身が潤っていくのを感じる。


「はぁ……」

 

 立ち昇っていく湯気に身も心も溶けていくかのように、俺は満足げに声を漏らした。両足を思いっきり伸ばすことができる浴槽というのは、それだけで贅沢な気分が味わえるのでなんだか不思議だ。


「湯加減はどう? 気持ち良い??」

 

 急に風呂場の扉越しから雨音の声が聞こえてきたので、俺はざばっと慌てて立ち上がった。そして「絶対入ってくるなよ!」と先手を打って大声で言えば、今度はけらけらと楽しそうな笑い声が返ってくる。


「心配しなくてもそんなことしないよ」


「だから勝手に開けんなって!」

 

 言ってるそばから扉を開けて勝手に覗き込んでくる雨音を、俺は追い出すようにギロリと鋭い目で睨みつけた。

 が、その直後。自分が今素っ裸で立ち上がっていることに気づき、慌てて湯船に身体を隠す。


「早くどっか行けって!」


「きゃっ! わかったから水かけないでよ!」

 

 怒った俺が思いっきりお湯を飛ばすと、雨音は物凄い勢いで扉を閉めてそれを防ぐ。攻撃が成功しなかったことに「くそッ」と悔しさをたっぷりと滲ませて舌打ちをすれば、再びこそっと扉が開き、ニヤリと笑う雨音の姿が見える。


「心配しなくても、私は何も見てませんよーだ」


「…………」


 雨音の言葉にカッと顔が熱くなったのがわかった俺は、またも湯船の中で右手を構えた。が、クスリと笑った雨音は俺が水をかける前に素早く扉を閉めてしまう。


「今日の晩御飯は作るのに時間が掛かるから、もうちょっと長くお風呂に入っててねー」


 扉越しに陽気な声でそう言った雨音は、上機嫌に鼻歌を歌いながらお風呂場の前を立ち去って行った。

 そんな言葉だけ残された俺は、不機嫌なまま浴槽に背中を預ける。

 いくら俺の方が男だとはいえ、さすがにここまできたらそろそろセクハラで訴えることができるんじゃないだろうか?

 そんなことを思いながら、俺はお湯につけた唇からブクブクと空気を吐き出す。けれど、肺に貯まった空気をどれだけ吐き出したところで、心にたまった苛立ちと恥ずかしさまでは消えてはくれない。

 雨音のやつは長風呂を勧めてきたが、どの道この調子じゃ当分の間は風呂から出ることはできないだろう。

 

 ってかこの後、アイツとどんな顔して会えばいいんだよ……

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