第4話 謎の歓迎会

 お前はスッポンの生まれ変わりか?

 と思わず言いたくなるぐらい、雨音とかいう女はしつこかった。一度質問をしてくると俺がどれだけ話しを逸らそうが、答えまいときつく唇を結ぼうが、あの手この手で聞き出そうとしてくる。

 生まれはどこなのか? どこの中学校に通っているのか? ずっとこの町に住んでいるのか? 好きな食べ物と飲み物は? ……など。

 しまいには好みの服装だけでなく、足のサイズまで聞き出そうとしてくるので、俺はやはり自分の身の危険を感じてしまう。

 けれど相手は、不信感と警戒心丸出しの俺のことなど一切気にする様子もなく、そんな拷問のような質問を飽きることなく続けてきて、ふと気がつけば、リビングにはいつの間にか夕暮れの光が満ちていた。


「そっかー、つまり彰くんには今まで彼女ができたことがないってことか」


「いやいや散々色んなこと聞いてきたくせに勝手な結論で着地するなよ」


 そう言って眉間にきゅっと皺を寄せて相手を睨めば、雨音はクスクスと相変わらず愉快そうに肩を揺らす。


「だって聞いても彰くんなかなか教えてくれないんだもん。だから君のリアクションと数少ない返答で推理して私は答えを見つけるしかないでしょ?」


「なんだよそれ……」と俺は呆れてため息をついた。昼間からずっとこんなやり取りを続けていたせいで、一歩も外に出ていないのにやたらと疲れがたまっている。なんだか、精神も魂もごっそりと削られた気分だ。

「はぁ」と脱力してソファに背中を深く預けると、「あっ」と突然声を漏らした相手が両手をパンと叩いた。


「もうそろそろ晩御飯の用意しないといけないね! 今日は彰くんもいるし、パーッと盛大に歓迎会といきますかッ」


「…………」


 目を輝かせながら嬉しそうに話す雨音に、俺は白けきった視線を送る。何だよこの23才。何で中学生の俺よりこんなに元気なんだよ。


「何にしよっかなー」とまるでピクニックにでも行くかのように一人はしゃぐ雨音は、ズボンのポケットからスマホを取り出すとその画面を指先でタップし始める。


「彰くんは何がいい? ピザ? それともお寿司?」


「……」


 俺、家出したんだよな? ほんでもって誘拐されたんだよな? なのに……何で歓迎会なんて開かれようとしてるんだ?

 マジでわけわかんねぇ、と痛む頭を抱えて顔を伏せると、「ねえどっち? どっちにする??」と雨音の耳障りな声が再び鼓膜を揺らす。


「……どっちもいらねーよ」


 俺はため息とともにそんな言葉を吐き出した。散々質問責めにされて、家出の熱意も覚悟も根こそぎ無駄にされた今の俺に飯なんて食う気力は……


 ぎゅるるるぅー……


 突然、さっきまで静かだったはずの俺のお腹から唸り声のような音が漏れた。

「げっ」と眉をひそめて顔を上げれば、腹立たしいことに雨音がプッと吹き出している。


「あらあら、何の音だろ? 私のお腹かな? それとも……」


「…………」


 クソっ、やっぱこの女マジでムカつく! なんでこんなタイミングで鳴るんだよ俺の腹、これじゃあアイツの思うツボじゃねーか!


 煮えたぎるような怒りを全身で感じながら、俺は笑い続けている雨音の顔をギロリと睨んだ。が、もちろん睨んだところで効果はない。

 それどころか、自分が空腹であることに気づいてしまい余計に腹が減ってくる始末。そのせいで睨んでいるはずの自分の方が分が悪くなってしまい、俺は思わず視線を逸らした。


「ほんとにいらないのかなー?」

 

 ここぞとばかりに嬉しそうな声を発する雨音。その言葉にカチンときた俺は、きつく握った拳をふるふると小刻みに震わせる。が、しかし。育ち盛りの身体の胃袋は抑えることができない。


「…………ピザで」

 

 ぼそりと、蚊の鳴くような声で俺は呟いた。これほどまでに『ピザ』の2文字を口にすることを屈辱的だと感じたことは今までない。

 それもこれも俺が素直に答えたにも関わらず、「え?」とわざとらしく耳に手を当てて聞き返してくる女のせいだ。


「だから……ピ・ザ・で! って言ってるじゃねーかッ!」


 今度は威嚇するようにあえて大声で言ってやった。けれど雨音は怯むどころかニヤニヤとその口元を緩めて、「へぇー彰くんはそんなにピザが好きなんだ」とまさかの上から目線。

 世の中には年上の女性が好みだなんていう男も存在するらしいが、俺がそうなる可能性は地球に彗星が落ちてくる可能性よりも少ないだろう。

「ちっ」と舌打ちをした俺は、拗ねた子供のように顔を背けた。


「いやー彰くんはほんとにカワイイな。弟にしたいぐらいだよ」


「誰が弟だよ。俺はお前みたいな姉貴は死んでもいらねーからな」


「君は見る目がないなー。こんなに上品で魅力的なおねーちゃんなんてなかなかいないよ?」


「バカ! 平気でそういうことするやつのどこが上品で魅力的なんだよ!」


 何を確かめているのか、俺の視線の先で雨音は自分の着ているTシャツの胸元を指先で引っ張って中を覗き込んでいる。思わず俺まで一瞬チラッと覗きそうになってしまったが、そこは咳払いして誤魔化した。


「じゃあ彰くんのご希望通り今日はピザにしよう! あ、それとナゲットとかもあった方がいいよね! あとサラダとかも」


 ふんふふーん、とわけのわからない鼻歌を上機嫌に歌いながら、雨音はスマホの画面を指先でタップしていく。その様子を俺は、黙ったまま冷めた視線で見つめる。


「よし、これで注文完了! あと30分くらいで届けてくれるって」


 ニコリと笑って結果報告してくる相手に、俺は「あっそ」と素っ気なく言葉を返す。これ以上、この女のペースに巻き込まれるのはごめんだ。

 腹が減って苛立っていることもあり、俺は腹ごしらえができるまでの間ふて寝でもしてやろうとぎゅっと両目を瞑った。すると閉じた瞼の向こうから、またもうるさい声が聞こえてくる。


「ピザが届くまでまだ時間あるし、彰くん先にお風呂入っちゃう?」


「……」


 クーラーが効いている部屋にずっといたとはいえ、雨音の意味不明な質問の嵐や、思わずドキリとさせられるポーズや仕草にヤヒヤとしっぱなしのせいで、いつの間にか背中と脇にはぐっしょりと汗をかいていた。触り心地の悪い髪も含めてたしかに先に風呂に入った方がいいかもしれない。

 そんなことを考えていたら、雨音が急にソファから立ち上がりキッチンの方へと向かった。そして壁に設置されている給湯器のボタンを押す。


「今ボタン押したからすぐにお湯が貯まるよ。せっかくの彰くんの歓迎会なんだし、先にお風呂に入ってスッキリしちゃえば? ……そ・れ・と・も」


 急にいやらしい声色に変わった雨音が振り向きざまにニヤリと笑ったので、俺はすぐさまその言葉の続きを遮る。


「『私にする?』とかしょーむないこと言ってきた瞬間、俺はこの家からすぐに出て行くからな」


 今度は俺の勝ちだと言わんばかりに澄ました顔でそう言うと、相手は「ぶー違います!」とまさかの否定。


「それとも私とお喋りする? って聞こうとしただけだよ。そっかー、彰くんはそっちを期待してたか」


「なっ⁉︎」


 お前ぜったいそんなこと言うつもりじゃなかっただろ! と思わず心の中で突っ込むも、そう言われてしまってはこちらとしては反論する余地がない。俺はギロっと相手を鋭く睨みつけるも、言葉を返せなかった。


「仕方ないなー、彰くんがそこまで期待するなら私も……」


「だからしょーむないことは言うなって言っただろ! 誰もそんなこと期待してないからッ」


 終始楽しそうに笑っている雨音に俺は声を張り上げて言い返すと、その勢いでソファから立ち上がった。そしてリビングの扉の方へとズンズンと向かっていく。


「あ、お風呂は出て左にあるからね! あとトイレもその隣にあるから」


 雨音のけらっとした明るい声に、俺は返事の代わりに「ふんッ」と鼻を鳴らした。

 そのまま勢いよく扉をあけて部屋を出ると、振り返る間もなく急いで扉を閉める。視界からあの女が消えただけで、随分と気が楽になった。


「……マジで何なんだよあの女」


 俺は舌打ちと共にそんな言葉をぼそりと呟くと、乱れっぱなしの気持ちを少しでも落ち着かせるために、知らない家のお風呂場へと向かった。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る