第36話 彼女の真実
雨音には、6つ歳下の弟がいた。
そんな弟と雨音の父親は、全国に支社を持つ大きな証券会社を経営していて、そして音楽教師をしていた母親は、雨音が生まれたのを機に専業主婦となり子供達の面倒を見ていたという。
自由奔放に育てられた雨音とは反対に、弟の真樹は、将来父親の跡を継ぐという大事な役目があったので、小さな時から厳しく育てられていた。
特に勉強面においては父親が国立大学を出ているということもあり、好きな服飾の専門学校を目指していた雨音とは違って、小学校選びから進路が決められていたという。
そんな育て方の違い、環境の違いもあってか、中学校に入学した頃から真樹はあまり雨音に懐かなくなった。
思春期を迎えた年頃というのもあったのだろう。彼は雨音の言うことや、両親の言うことにも反発するようになっていた。
特に父親との確執は大きく、まったく言うことを聞かない息子に、時には父親の方が手も出していたらしい。
すでにその頃社会人として働いていた雨音は、そんな光景を見る度に二人の間に入り、弟を守るために父親に抗議していたという。
どうしてもっと、真樹に優しくできないのかと。
が、そんな弟想いだった雨音の気持ちも虚しく、まだ冬の寒さが残るある日の早朝。
たまたま両親が不在だった時に家の玄関で、帽子を被って大きなリュックを背負った弟の姿を見つけてしまう。
何してるの? と訝しむような口調で尋ねる雨音に、弟は歯向かうようにこう言った。
こんな家族捨ててやる、と。
その言葉を聞いて驚いた雨音は、勝手に家を出て行こうとする弟の腕を掴むと、必死になって説得を始めた。
自分も含めて母親や、そして厳しい父親でさえも、どれだけ真樹のことを大事に想っているのかを。だから真樹の気持ちもわかるけれど、もう一度ちゃんと考え直してほしいと。
けれどそんな言葉で家出を決意した彼の気持ちを止められるわけもなく、真樹は鋭い目で雨音のことを睨みつけると、突き刺すような口調でこう言い返した。
好き勝手生きてきたお前に俺の何がわかるのか、と。
さすがにその言葉を聞いてショックを受けて怒った雨音は、さらに口調を強めて話しを続けた。
が、真樹は掴まれている腕を無理やり振り払うと、勢いよく家を飛び出してしまった。雨が降り始めた中、傘も持たずに彼女に背を向けて。
雨音も靴を履くとすぐに玄関を出たが、真樹の足は早く、濡れたアスファルトの上を振り返ることもせずにどこまでも走っていく。
その姿を見て、半ば呆れた気持ちにもなった彼女は、結局その後ろ姿を追うことはなかった。
どうせ中学生の弟が考えることだ。家出をしたところですぐに帰ってくるだろう。
浅はかにも、そう思って。
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