第20回

 山の奥へ奥へと向かっているような気がしたが、切り出せなかった。

 自分の屋敷とて辺鄙な一軒家であり、普段は訊ねてくる者もない。だからこそ家族の絆は強まるし、同時に、市を心待ちにもする。山の民の在り方だ。

 林が途切れる。忽然と視界が開け、家が姿を現した。

 凜は思わず立ち竦み、唇をぽかんと開いた。まだそれなりに距離がありそうだが、全容を見渡しきれないほど大きい。それでいて造りは古めかしい。大昔からここに住まっているのだ――おそらく自分たち一族と同じくらいには。

 門をくぐる。戸口へと至る敷石を辿る。庭木の鬱蒼とした茂り方といい、母屋の周囲に別棟が複雑に建て増しされた様子といい、自分の家によく似ている。むしろ、似ていない部分に首を傾げるほどである。最初に意識に上ったのは、雪灯籠がない、だった。

 内部に足を踏み入れると、既視感はますます鮮明になった。帰ってきたのかと錯覚しかけた。しかしもちろんのこと、ここには雪も氷もない。異様なほどの寒さもない。

 笠と蓑を外す。ごめんください、とだけ言って、しばらく玄関で待ってみた。誰も出てこない。

「ご家族の方は?」

 少女は例によってするすると、廊下を曲がっていって姿を隠した。間取りまで自分の屋敷と同じとするならば、その行き先は〈消えずの囲炉裏〉の間である。

 少女は自分から受け取った火を、囲炉裏に入れたのだろうか。寒気に耐え兼ね、勇敢に飛び出して市へ赴き、火を探し出して戻った。結果として今、この家は温もりに包まれている。脳裡に浮かんだ物語に、凜は納得した。ならばこちらの窮状を察してもくれよう。彼女はきっと、急ぎ火を分け与えてくれようとしているのだ。

 そうに違いない。不意になにかの違和感が浮かび上がってきたが、抑え込んだ。

 親切な子なのだ。意思の疎通が不得手なだけで。

 引き戸を開けた。想像どおり、中央に囲炉裏を備えた部屋だった。しかし少女の姿はない。やむなく独りで入り込んで、囲炉裏を覗き込んだ。火は――灯っていない。

「あれ」

 と発すると同時に、背筋に寒々しいものが這い上がった。首元に凍える風の吐息を感じた。振り返るべきでないという本能の警告は、一瞬、遅れた。

 白い衣の少女――否、かつてそうであったものが、凄絶な笑みを浮かべながらそこに立っていた。叫び出さんと息を吸い上げた刹那、咽に流れ入ってきた空気の冷たさに戦慄した。吹雪の雪山と同等、いや、それ以上だ。

 髪も、顔も、肌も、目につくすべての部位が白い。生物としての自然な白さではない。雪那のような、あらゆる色味を抜き去った透明な色味でもない。いうなれば上から強く、平坦に塗り込めた色だ。あたかも死に化粧のような白。

「あなたは……何者なの」

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