第28回

「どっちが喋りやすい? 狐か、こっちの女か」

 掌が前を行き来するたび、顔が入れ替わる。面を物理的に着脱しているわけではないらしい。

「では、人のお顔で」

「分かった。じゃあ白狼丸。おまえはしばらく、あっちに行ってな。私は凜と話をしたいんだ」

「構わないが、我らは腹が減っている」

 大口を開けて訴える。凜はそっと菓子を差し出し、白狼丸の鼻先へとちらつかせた。すぐさま、その金色の瞳が釘付けになる。

「あげるよ。友達だもんね」

「我らはおまえの友では――」

 途中で菓子を押し込んだ。白狼丸が新たになにか発する前に、

「食べたら、私はあなたの二番目の友達だよ。白狼丸」

 彼は答えず、食べかけの菓子を咥えたままどこかへ走り去ってしまった。遂にして獲得した好物を、静かな場所で堪能する腹だろう。

 白狼丸を見送った八重は、面のない女の顔で、口許に柔らかな微笑を浮かべていた。精霊らしからぬその表情は、凜の目にも愛らしく見えた。いっそうの好感を抱いた。

「――おまえの家族の話は聞いたよ。えらい目に遭ったらしいじゃないか」

 言葉こそ直截だったが、詰問するような口ぶりではなかった。むしろ気遣いを感じて、かえって胸苦しくなったほどだ。凜は俯き、石段のざらつきを見つめながら、

「今も遭いつづけています。私のせいです」

「化け物を招き入れたって? 奴らは隙あらば人間に取り入ろうって、手ぐすね引いて待ってるんだよ。ちょっと気を付けたくらいじゃ抗えやしない。そう自分を責めるもんじゃないよ」

「そうかもしれませんが、過ちは過ちです。私がもっと強くて賢ければ、自分の手で正せたんでしょう。雪那さんはその機会を与えてくれました。でも私は、自分でふいにしてしまった」

「突き放されたんだろう? あいつのことだから、詰まんないことで苛立ったんだ」

「それは違います。私は莫迦な思い込みで、雪那さんと白狼丸に逆らったんです」

 八重は吐息し、

「なんだって、おまえにきちっと伝わるよう最初に話してやらなかったのかと――私にはそこが不思議なんだけどね。雪那はなんでも自分の基準で指示したがるし、白狼丸に至ってはあいつの言いなりだ。おまえはよくやったと思うよ。おまえ、雪那を恨む気持ちはないのかい」

「恨むだなんて、まさか。感謝しています。今までのことはもちろん、雪那さんなら、私の家族をきっと助け出してくれるでしょうから。そうしたら私はおとなしく――」

 自分に言い聞かせるように語りながら、凜は咽の奥に込みあげる熱さを意識していた。勝手に声が震える。八重に泣きべそを見られたくなくて、いっそう顔を伏せた。

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