第27回

「菓子? おまえが人間と知れた以上、売るわけにはいかないな」

 と最初は難色を示した狐面だったが、傍らの霊獣に食べさせるのだと告げると、すぐさま態度を軟化させた。いくらでも売ってくれると言う。

 ついておいで、と命じられたので追従した。歩きながら霊獣の様子を伺ったが、怪しんでいる気配はなかった。注意深い彼のこと、まさか菓子に目が眩んで判断力を損なったりはするまい。

「――おまえ、名前は?」

「凜です」

 前方を行く狐面によく聞こえるよう、声を響かせた。彼女は正面を向いたまま、

「白狼丸。おまえ、雪那からその娘に乗り換えたのかい」

「問いの意が理解できぬ。我らは誰にも仕えたことはない」

「よく言う。でも雪那じゃあね――食い物を奢ろうなんて殊勝な真似はしないだろうからね。おまえの判断は間違っちゃいないのかもしれない」

 あの、と凜は会話を遮り、

「白狼丸というのは」

「そいつの名前だよ。三匹とも白狼丸だ。本人の言葉を借りるなら、三体でひとつの白狼丸」

「名前があったんですか」

「名前ぐらいあるさ。雪那が滅多に呼ばないだけでね」

 あっさりした返答だった。考えてみれば当然かもしれない。凜は困惑交じりの視線を霊獣に向け、

「どうして教えてくれなかったの」

「なにをだ、人の子」

「なにって――名前。私、ずっと知らなかったよ」

「知ろうが知るまいが、おまえは困るまい。我らも無論、困らぬ」

「困るよ。友達なのに」

 霊獣――白狼丸が口を開きかけた瞬間、前から丸いものが飛んできた。狙いすましたように、凜の手の中に収まる。途端に、白狼丸が騒ぎはじめた。

「人の子、それを寄越せ。我らに寄越すのだ」

 砂糖菓子だった。狐面は素知らぬ様子で、ただ歩きつづけている。

「これ――」

「さあ、私は知らないよ。空からでも降ってきたんだろ。拾ったおまえの好きにしな」

 白狼丸が前足を跳ね上げ、凜に飛びついてきた。反射的に菓子を高く差し上げ、奪われるのを避ける。

「我らはそれを好物と言った。人の子はそれを我らにくれると言った。我らにはおまえの行動が理解できぬ」

 凜は背伸びし、さらに菓子の位置を高くした。白狼丸は飛び跳ねながら、理解できぬ、を連呼する。

「雪那みたいな奴と長くいると、そういう変わり者になっちゃうんだろ。私には理解できるから、安心しな。ちなみに私は八重だ。七重八重、の八重」

 狐面はそう言うと、ちょうど近くに見えた、階段のていを成した積み石に腰かけた。隣に座るよう、手振りで凜に促す。

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