第13回
「この娘を運べ。おまえの毛皮で温めてやれ」
「承知した、承知した。人の子よ、乗れ。この背中に乗れ」
指示を受けた霊獣が身震いしてから、凜の傍らにしゃがみ込む。予想したような獣臭は皆無で、むしろ藁に似た芳香が漂ってきた。そっと触れてみれば、まさしく藁布団の感触だった。
飛びついて跨り、うつ伏せの姿勢で抱き着いた。毛皮を掻き分けると、思ったより遥かに深くまで体をうずめられた。どこまでが毛で、どこからが胴体なのか判然としない。ともかく心地よい場所に体を落ち着け、
「ありがとう。すごく温まって、気持ちがいいよ」
「人の子よ、おまえの体は酷く冷たい。芯まで酷く冷え切っている」
「ごめんね。少し、ここに居させてね」
さて、と雪那が切り出す。体を起こすと、不思議なことに毛皮まで一緒に伸びてきて、蓑のように凜を包み込んだ。背筋を伸ばして向き直る。
「白魔を招き入れたのはおまえの咎だが、〈細雪の市〉に入り込まれたのは私の咎だ。人間の娘、おまえには私とともに、奴と闘ってもらいたい」
「皆が助かるなら、なんでもします。私に、お手伝いできることがありますか」
即座にそう応じた。恐ろしくないと言えば嘘になるが、家族を失うことを思えばなんでもなかった。母や祖母、姉に永遠の別れを告げる気になど、到底なれはしなかった。
「手伝いではない。おまえが闘うのだ。一度人間に憑りついた白魔を祓うには、近しい人間の力が不可欠なのだ。出来るのは、おまえを措いて誰もいない」
「分かりました。ところで白魔というのは――お化けの白魔なんですか。幼い頃にお母さまの買ってくださった写本に、そういうものが出てきたんです」
「それは人間向けの物語だろう」
頷く。何度となく手に取った本が、脳裡に甦った。おどろおどろしい絵に飾られた怪談である。欲しがったのは凜だ。姉の澪は、昔からその手のものに興味を示したためしがない。
「おそらく違うだろうが、まあいい。聞かせてみろ」
促された凜は、あらましを語りはじめた。本の中で白魔は、実体の伴わない亡霊めいた影として描かれていた。どこからともなく現れ、人に憑依する。その人間に成り代わって悪戯を重ねる。あくまで子供向けの、穏やかな描写だ。
物語の終わりに、白魔は徳の高い僧によって祓われる。その際、一連の行動の理由はこう説明される――淋しかったからだ、と。
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