第12回
さんざんに暴れ、泣きじゃくったのち、凜はがっくりと体の力を抜いた。洟を啜り上げ、咽を喘がせた彼女に、雪那が低い声音で、
「気が済んだか」
「済んだとか済まないとか――そんなのどうだっていいんです。私を放してください」
「放したらどうする」
「家族を助けに戻ります」
「莫迦者」
厳格な口調での叱責だった。凜は一瞬、口を噤んだ。
無造作に手が離れる。雪道に放り出されたようにも感じた。
「おまえがいま舞い戻って、なんになる? すぐさま奴に憑りつかれて終わりだ。奴は決して、人間に容赦しないぞ」
「では――では見殺しにしろと? 私の家族です。氷の中で死ぬのを待つなんて出来ません。私だけ、おめおめと逃げ出すなんて」
つい寸刻前の出来事のようなのに、屋敷はすでに遠い。それこそ風のような速さで、ここまで駆け抜けてきたのだ。自分を解放したのも、救出者たる雪那が、一旦は安全を確信したからなのだろう。
「落ち着いて聞け。おまえの家族は、まだしばらくは死なない。おまえ独り、黙って逃げ延びろと命じた覚えもない。奴を追い払うには、おまえの力が必要だ」
諭され、少しずつ頭が冷えてきた。どうやら万事休したわけではないらしい。呼吸を整えて小さく頷き、雪那を見上げた。
「すみませんでした。詳しい話を聞かせてください。あれは、何者ですか」
「白魔だ。人間に憑りつき、その魂を奪う。冬の魔物を、おまえは招き入れてしまった」
実在した。白魔。物語で読んだ、雪の怪物。
「あの子が――」
「そうだ。忌まわしい化物だ」
雪那が悔しげに視線を巡らせ、それから付け加えて、
「あの子、と言ったな。おまえの目にはそう映ったのか」
「はい。小さな女の子――だったと思います。目を合わせるなと言われたので、はっきりとは分かりませんが」
「いや、おそらく正しいだろう。狙った相手の懐に入り込むために、姿を変えたのかもしれない。童女ならお誂え向きだ」
返事をしようとした瞬間、不意に震えが来た。命を奪われかけた実感がありありと甦ると同時に、体の寒さにも気付かされた。脱出劇の昂奮で意識から締め出されていたが、寝間着同然の姿だ。履物さえない。
「なるほど、その様子では話も出来ないか。よし」
風のような、口笛のような高音が響いた。幽かに唇をすぼめている様子から、雪那が発しているものと想像できた。なにかの合図だろうか。
「呼んだか、我らを呼んだか」
雪に覆われた岩か草叢としか思われなかった地面の盛り上がりが、突如としてぶるぶると蠢き、跳ねあがった。市で出会った獣のうちの一匹が現れ、雪の飛沫を散らしながらばたばたと駆け寄ってくる。
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