第35回

 斜面が徐々に緩やかになり、やがて平坦な一本道へと変じた。なおも進んでいくと、小部屋のような場所に至った。

 全体が雪や氷に覆われ、きらきらと光を発している。寒さもひときわ増し、凜は思わず両腕で体を掻き抱いた。空気が張り詰めている。

 行き止まり? いや――。

 奥まった空間に、巨大な氷の塊を見とめた。自然に生じたものとは思われない。慎重に近づき、様子を伺った。途端、凜は言葉を失くした。

 分厚い氷の内側に、少女が閉ざされている。頭を垂れ、両腕を広げたそのさまは、あたかも見えない十字架に磔にされているかのようだ。意識を失っているには違いないが、ぼんやりと目を閉じ、穏やかに微睡むような気配を纏っているのが、かえって異様である。

 蠢いているのは、少女の周囲に纏わりつく妖気だけだった。抜け出そうと躍起になっているのかもしれないが、厳重な氷の牢獄を破るには至らないのだろう。外側からは、ただ白い炎めいた揺らめきを湛えて見えるのみである。

 氷に取り縋ろうとした凜を、白狼丸が押し留めた。

「触れるな。おまえも凍りつくぞ」

「分かってる。見て、白狼丸。この子、やっぱりどこか私に――」

 言葉が終わらぬうちに、背後から風が起きた。背筋を冷たく撫で上げる感覚。

「ここに来てはならないと伝えたはずだ」

 振り返った。薄闇に、雪那の姿がどこからともなく生じていた。白い唇に凍える吐息を宿しながら、冷たい双眸でこちらを睨み渡している。

「白狼丸に聞きました。でも雪那さん、少しだけ話をさせてください」

「なぜ連れてきた。まさか霊獣が、この私の命を聞き逃すわけもあるまい」

 雪那は平然と凜の言葉を無視した。ひたひたと怒りに満ちた、低い声音。

 詰問され、白狼丸は前へと踏み出した。ゆっくりと口を開いて、

「おまえの命は確かに聞いた。しかし我らは背いた。我らはそれを、正しきことと信じたからだ。我らはおまえを止めるべくして来た」

 雪那は薄く笑った。

「誰の入れ知恵だ? 八重か?」

「八重は確かに、我らを後押しした。しかしこれは紛れもなく、我らの意思だ。我らは我らの誇りにかけて、ここへ参じた」

「誇りか、なるほどな」

 雪那もまた近づいてきた。身を裂かんばかりの冷気。

「しかし私には私の誇りがある。〈細雪の市〉を立て、神々の心を満たすこと。そして冬のあいだ、人間たちの安寧を守ることだ。道を誤った者は罰さねばならない。おまえはそれを、誰よりも承知しているはずだ」

「承知しているとも。だが我らは言わねばならない。友としておまえに頼むのだ。雪那よ、どうか話を聞け」

 雪那は答えない。

「我らの友、凜を今からおまえのもとにやる。我らはおまえを信じるからだ。手は出すまいな、雪那よ」

「人間の娘に手出しはしない」

 雪那と凜とのあいだに立ち塞がっていた白狼丸が、かしらだけをこちらに向けた。

「行け。おまえが語るべきことを語れ。おまえ自身の言葉で語るのだ」

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