第34回
白狼丸が雄叫びをあげた。確固たる宣言のように、それは響いた。
走り出す。地の底へと向かっていく。
新たな風や礫が襲ってくることはなかった。ただ温度だけが下がった。それに伴い、壁も天井も、氷に覆われた箇所が増えていく。暗闇が退き、入れ替わりに視界が白む。
凜はとうに、方角を見失っていた。ただ下っているという、漠たる感覚があるのみだ。しかし白狼丸は迷いない。雪山を、雑木林を、駆け抜けてきたのと同じ足取りで、果敢に洞窟の奥へと突き進んでいく。
彼がなにを頼りにしているのかを知るすべは、凜にはない。空気の匂いか。幽かな音か。あるいは――霊的な繋がりか。長らく雪那の霊獣でありつづけた彼だけに読み解けるものが、きっと存在するのだと思った。
分かれ道、また分かれ道。天井から垂れ下がった、あるいは足許から突き出した氷柱が、行く手を阻む。出くわすたび、白狼丸は頭突きを見舞って打ち砕いていく。仰け反るほどの衝撃が、凜にも伝播した。
「白狼丸、無理しないで」
幾度目かの突破ののち、いよいよ心配を募らせて言った。
「別の道を探せない? このままじゃ――」
金色の瞳がこちらを振り返った。眩暈でも起こしているかのように、不規則に回転している。しかし彼はぶるぶると首を振り、
「時間がない。我らを案ずるな。我らのかしらは、おまえが思うより遥かに堅牢だ」
普段とあまり変わらぬ、どこか飄々とした口調で告げる。平気であろうはずはない。凜はその頭部に怖々と触れ、掌で撫でながら、
「痛いよね? いくら頑丈だからって、痛みを感じないわけじゃないでしょう?」
「むろん、痛みはある。おまえが寒さを感じるように、我らも痛みを感じる。度を越せば死ぬだろう。しかしまだ、そのときではない」
「無茶はやめて。私、あなたをこんな目に遭わせたくない。他の方法がきっとあるよ」
はは、と白狼丸は笑った。快活な声だった。
「無鉄砲な人間の娘が、霊獣たる我らにそれを説くか。我らは案ずるなと言った。大丈夫だ、我らは死なぬ。友を残して去るような真似は、決してしない」
「――本当?」
「我らは、おまえを信じると言った。ではおまえは? 我らを信じるからこそ、ともに来るように願ったのではないのか。どうなのだ、友よ」
凜はしばらく息を詰めた。やがて、強く頷いた。
「信じるよ。あなたと友達になれてよかった。八重さんに感謝しなきゃ」
「本当は」
と再び駆け出した白狼丸が、呟きのように発する。
「我らは、ずっと友だった。ただそうと、長らく気付けなかった」
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