第33回
「雪那さんが――なんで」
唇を震わせて問えば、
「雪那は、我らと知って加減した。すぐに出ていけ、と警告したのだ」
記憶を反芻する。確かにまず風があって、礫の飛来は少し後だった。雪那が本来の力を発揮したなら、どうあっても躱せたはずはない。しかし彼女が自分たちに? 信じがたい、との思いが先に生じた。
「白狼丸。雪那さんはきっと、そんなことしないよ」
我らの勘違いだった、と言ってほしかった。しかし彼は重々しくかぶりを振って、
「あえて警告を寄越したのは、おまえがここに居るためだ。巻き込まぬよう、おまえをここから連れ出せと我らに命じたのだ。雪那は真なる魔力によって、白魔を消し去る気のようだ」
身を震わせているのが伝わってきた。彼女を知る者たちが幾度となく繰り返してきた言葉を、思い出さざるを得なかった――雪那は恐ろしい。
白狼丸は足を止めている。壁際に寄って身構えている。
「雪那は白魔を許さない。奴は、己の力の使い道を違えたからだ。一息に魂を奪い去る慈悲を見せるかどうか、それすら我らには分からぬ」
「八重さんも言ってた。力の使い方には厳格だって」
「そうだ。雪那が市を〈細雪〉と名付けたのは、己の力を御する絶対の意思を反映させたからだ。吹雪も雪崩も自在に引き起こせる強大な存在が、あえて〈細雪〉という言葉を選んだのだ」
名に込めた思いを初めて知った。凜は少し間を置いて、
「この山で死んだ人間は、確かに少ないの。雪那さんが守ってくれてたからなんだね」
「ここばかりではない。雪那は国じゅうを回る。それゆえ目が届かぬ場合もある。冬の人死にを、雪那はなによりも悔いる」
屋敷に灯籠が作られるきっかけとなった、数代前の、名も知らぬ死者を思った。その人のもとに、雪那は訪れなかった。
責める気はない。どれほど意識を張り詰めさせたところで、冬の死は容易にやってくるものだ。〈山の民〉はそれを覚悟しておくべきだと、かつて母に教わった。
自分は、単に幸運だったのだ。彼女に見いだされたこと自体が。
「だから雪那さんは、人間を傷つける者には厳罰を下す。それが雪那さんの信じる正しさなんだってことは、私にも分かる。でも、私はあの子を――救いたい。ねえ白狼丸、私の信じる正しさは、雪那さんとは相容れない?」
「我らは、その問いに対する答えを持っていない。しかし、雪那とここまで正面から向き合い、心を通わせようとした人間を、我らは他に知らない。ゆえに我らは、おまえを信じる」
凜は一瞬だけ、白狼丸の毛皮に顔を埋めた。それから再び、背筋を伸ばして正面の薄闇を見据えた。
「――行こう」
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