第17回

 物語が終わっても、凜はしばらくのあいだ、身じろぎも出来ずにいた。訊ねたいことは無数にも浮かんだが、同時に、雪那の指示を守るべきだという認識もまた、あった。自分はすでに余計な質問を重ねすぎているのかもしれないと思った。篝、そして白亜という少女に、私は興味を持ちすぎている。

「――あなたがどういう存在なのか、なんとなく分かりました。ありがとうございました」

「どういたしまして。それで、なんの御用だった?」

 慎重に言葉を探した。

「私の護り火について、もしご存知のことがあれば、教えてください」

 そうとしか告げなかったが、篝はすぐに顔を小さく上下させた。

「護り火ね。私は火の専門家ではないけど――では一度、目を閉じてそれを思い浮かべてくれる? 少し、覗かせてもらうから」

 掌が額へと伸びてきた。触れられているようなのだが、その実感は乏しい。熱くも冷たくも、硬くも柔らかくもない。目を閉じると、感触はますます不確かになった。

 今回は〈消えずの囲炉裏〉のことだけを一心に念じた。どこからどこまでを覗かれたのかは判然としない。しかし彼女の手が離れ、目を開けるよう指示されたときには、すっかり事情を把握された心地でいた。

「あなたの一族の護り火は、とても強力。でも今は、力がずいぶんと弱まっているみたい」

「弱まって? 消えてはいないんですか」

「ええ。消えてはいない」

「本当ですか? 私が見たときは――」

「囲炉裏の火は完全に消えていた。私にも、そう見えた。ただ外にまだ、残った火がある。あなたが持ち出したものが」

 火鉢の火。しかしあれは、雪那に出会う直前までに消えてしまっていた。とすれば――。

「家によって護り火は違うから、別の火を入れることは出来ない。でも、どこか別の場所に移しただけのものなら、大丈夫なはず」

 光明が見えた――そう思った。探すべきものが、これで明らかになった。

「時間は、どれくらい残っていますか」

「夜が明けるまで」

 そうなのではないか思っていた。〈細雪の市〉が畳まれ、〈衾雪の市〉に切り替わるまで。

 頷いて、立ち上がった。篝が微笑し、

「出掛けるなら、せめて仕度を整えてから行きなさい。この家にあるものは〈細雪〉の品じゃないから、持ち出しても平気」

 雪蓑や笠、藁沓も使って構わないという。篝とは体格がそう変わらないから、違和感なく着込むことが出来た。なにからなにまで、と丁重に礼を言い、あばら家を辞去することにした。

「私、必ず家族のもとに帰ります。篝さんも、その」

 過酷な運命に翻弄され、人の枠さえ飛び越した者に対して、自分ごときがかけられる言葉があるだろうかと、凜は一瞬、思い悩んだ。しかし性根の素直なこの娘のこと、けっきょくは直截に、

「白亜さんと、またお会いできるといいですね」

「そう言ってもらえると、とても嬉しい。人と言葉を交わしたのは本当に久しぶりだったけれど、訪ねてきたのがあなたでよかった。どうか達者でね」

 はい、と戸口で頭を下げた。雪の中、屈んで丸くなっていた霊獣が、ぶるぶるとその身を震わせながら起き上がった。

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