第23回
外はいまだ夜――にもかかわらず光を辿れたのは、降り積もった雪が白々と輝くからだと、凜は認識していた。洞窟を脱し、一面に広がった雪景色を臨んで、その明るさに驚嘆する。先刻味わった、目を射るような眩しさではない。柔らかな、しかし清冽なあかりだ。
夜明けが近い。
戦慄を覚えた。朝になるまでに白魔を祓わなければ、家族は――。
「急がなきゃ」
林に飛び込み、元来た道を延々と引き返す。足跡こそ綺麗に消え失せていたが、走るうちに残してきた痕跡を見つけるのはそう難しくなかった。しかし気持ちばかりが焦る。なんでもない道で、何度となく転びかけた。
冷たい空気を吸い込んで、自身を叱咤した。いま私が倒れるわけにはいかない。
「人の子だ、人の子だぞ」
雑木林を抜けるなり、霊獣の叫び声が耳朶を打った。雪を散らして駆け寄ってくる。その後ろには雪那の姿もある――。
「無事なのか、人の子は無事でいるのか」
「大丈夫。本当にごめんね――あなたの言うとおりにすればよかった」
抱き着いて、分厚い毛皮に顔をうずめた。うむ、うむ、と霊獣が頭部を上下させる。
「人間の娘」
寒々とした声音に、凜は身を固くした。霊獣のもとを離れ、雪那に向き直る。その厳格な表情。胸苦しくなった。
「無鉄砲は承知していた。しかし愚か者ではないと思っていた」
「すみませんでした。なんの言い訳も出来ません。すべて私の間違いです」
深く頭を下げ、次の言葉を待った。
先回りに弁解を試みることはしなかった。雪那に見捨てられる不安は、むろんのこと胸中を掠めていた。しかし慰留のすべなど持つはずもない。泣き落としが通じる相手でないことは分かり切っている。
ただ自分の誤りを認めて、謝罪しよう。事情を説明せよと命じられたら、初めて事実だけを述べよう。思い付いたのは、ただそればかりだった。
「娘の正体が白魔と、おまえは気付かなかったか」
「確信はありませんでしたが――どこかでおかしいとは思っていました」
「正体の判然としない娘と、私と、おまえが信じるのはどちらだ」
「雪那さんです。私の、命の恩人ですから」
途端に雪那の双眸の光が鋭さを増した。
「私を信用するなら、なぜ霊獣の言葉に背いた」
息を吸い上げ、雪那を見返した。嘘で取り繕うつもりはなかった。
「それは――信じたかったんです。雪那さんが私にしてくれているように、あの子も私を助けてくれるんだと」
雪那が短く吐息した。
「人間の考えは、私には理解できない」
理解できぬ、理解できぬ、と霊獣が繰り返す。説明を求められているのかと思い、言葉を重ねようとした途端、雪那が距離を詰めてきた。
「おまえは霊獣とともに、市へと戻っていろ」
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