第24回
「どういうことですか」
「言葉どおりだ。あとは私だけで白魔の霊力を辿れる」
唐突な宣告は、凜を大いに慌てさせた。思わず、
「でも、祓うには私の――」
「力が要る、か? 正確には、憑かれた者に近しい者の力だ。おまえたち一族の波動はもう把握できた。そして白魔の、霊力の拠点も明らかになった。必要なものは揃った」
「でも、私は」
胸に手を当て、言い返す。しかし雪那は顔色ひとつ変えることなく、
「聞こえなかったか。おまえの役割は終わった」
淡々と霊獣を振り返り、視線を送る。指示はそれで通じたらしく、霊獣は毛皮を膨らませながら凜の傍に寄ってきた。姿勢を低くし、乗るように促してくる。
行けません、と凜は唇を震わせた。精一杯に伸びあがって雪那を見上げ、
「私の家族です。ご迷惑をおかけしたことは申し訳ないと思っています。どうか最後までやらせてください」
勇気を奮い起こして訴えたつもりだったが、雪那は取り合わなかった。
「役目は終わりだと言った。おまえや家族を切り捨てるわけではない」
なおもかぶりを振った凜の横腹を、霊獣が鼻先でつついた。彼は小声で、
「人の子は雪那の命に従え。我らと来るのだ、雪那を信用するならば」
「駄目だよ」
霊獣は巨大な両目をぐるぐるとさせ、
「人の子は、雪那を信じると言った。我らに背いたのを誤りとも言った。にもかかわらず、またしても逆らおうとする。我らには理解できぬ」
「無茶を言ってるのは分かるよ。分かるけど、私は――」
威勢よく声を張ったものの、続けるべき言葉を思い付けなかった。代わり、これではただの駄々っ子だという自覚が、胸の内に生じた。
おとなしく引き下がるべきだ。私は、なんの力も持たない。
「ずいぶんと恐ろしい目に遭ったのだ。もう充分ではないのか、人の子」
内面を巧みに察したように、霊獣の口調が和らいだ。凜は項垂れた。
霊獣も雪那も、ただの小娘でしかない私を案じてくれている。伸べられた手を跳ね除けてまで意地を張る意味など、なにひとつありはしない。
「ひとつだけ教えてください。正直なところ、私は足手纏いですか」
「今となってはな」
雪那は踵を返した。それを合図として、霊獣が頭を低くして凜を掬い上げた。背中へと転がす。すぐさま藁布団のような毛皮に体を包み込まれた。泣き出したいほどの居心地の良さだった。
押し寄せる疲労と満ちてくる安堵に抗い、かろうじて顔を上げた。雪那の背中はもう遥かに遠い。霊力を辿れるとの言葉どおり、なにひとつ迷うことない足取りだった。
「雪那さ――」
視界を占拠した雪原の明るさが、残り時間が有限であることを告げた。口を噤まざるを得なかった。
やめよう。下手に呼び止め、余計な問答を繰り返せば、それだけ家族の身を危険に晒すことになろう。
「市へ帰るぞ、人の子。おまえは安心していろ。我らの背で安心して眠っていろ」
霊獣が、体を揺り籠のようにゆったりと左右させる。温もりと藁の芳香に抱かれていると、あっという間に眠りに引き込まれてしまいそうだった。凜は洟を啜り上げ、咽声で、
「分かった。一緒に帰る」
ゆらり、ふわりと霊獣が歩み出す。風の中、振り返って雪那を探したが、その姿はもうどこにも見えなかった。
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