第15回
辿り着いたのは、かろうじて雨風を凌げるか、といった程度の廃屋である。人の気配はまるで感じられない。長らく放置されてきたと思しい、山奥のあばら家だ。
「ここだぞ、ここだぞ」
と霊獣が自信に満ちた口調で言うので、凜はやむなくその背中から滑り下りた。戸もやはり、日頃から開閉されている感じではない。
「こんにちは。篝さん、いらっしゃいますか」
ともかくも引き開け、中へと入り込んだ。土間から上がると、床は酷く軋んだ。部屋の中央には小さな囲炉裏があったが、それもただ、僅かばかり灰が積もっているのみである。
一回りし終えても、誰も現れる様子がなかった。狭い家である。手持無沙汰になり、凜は囲炉裏端に腰かけた。ただ待っていれば帰ってくるのか。あるいは、なんらかの方法で呼び出す必要があるのか。
雪那と対面したときと同様、霊獣は外にいる。いったん出ていって助言を仰ごうかと思い立ったとき、囲炉裏からぱちん、と音が響いた。覗き込む。
炭が赤く色づいていた。燃え上がるというほどではないが、微弱な熱を発している。
「どなた」
柱の陰から聞こえたその小さな声を、凜は最初、単なる空耳と思った。少女めいた、涼やかな声音だったからだ。
「誰なの」
声がそう繰り返したので、凜は視線を上げた。かしらを巡らせながら、
「凜と申します。白唇の雪那さんに紹介されて来ました。護りの火について、篝さんという方に訊ねろと」
「そう。雪那が――。珍しいことがあるものね」
やがて姿を見せたのは、赤い衣におかっぱ頭の童女だった。どこに潜んでいたともつかない唐突な出現に、凜は思わず悲鳴をあげかけた。
「私が篝。みすぼらしいところだけど、どうか堪忍してね」
「ええと――よろしくお願いします」
困惑を押し殺しながら発した。長生きの知恵者というからには、皺んだ老爺あるいは老婆が出てくるものと思い込んでいた。しかし眼前の童女は、見る限り自分よりも幼い。
「私が何者か、先に話しておいたほうがいいでしょうね。怪しい者じゃないんだけど」
篝が口許を覆う。その仕種にふと、外見に似合わぬ老練さが滲んだ。眼差しに宿した深い輝き。
「疑ってはいません。ただ不思議なだけです。雪那さんのお話と少し、違っていたから」
正直にそう告げると、篝はまた微笑した。
「無理もない。あなたのお祖母さんよりも長く生きていると言って、信じてもらえる見てくれではないからね。でも本当なの。私も昔は、普通の人間だった。あなたのようなね。珍しい物好きの、無鉄砲な娘だった」
言うと、部屋の片隅にあった古ぼけた引き出しに手を伸ばした。しばらくごそごそやっていたかと思えば、なにかを握り込んで凜のもとへと戻ってくる。開かれた掌の上には、これまた古めかしい、金色の懐中時計が乗っていた。
文字盤や蓋に施された装飾の細やかさから、おそらくは上等な品だったのだろうと推測できた。しかし薄らと曇った硝子の内側の針は、すでに動いてはいない。
「これはね、市で手に入れたの。私があなたと同じ人間だった、最後の冬のこと」
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