第4回

 身を屈めて林を潜り抜けると、唐突に視界が開けた。耳朶を打つざわめきと、眼前の光景にしばし茫然となり、凜はぽかんと唇を開いて突っ立っていた。想像したとおり、いや、それ以上だ。これが〈衾雪の市〉なのか――。

 石畳の敷かれた通りの両側に立ち並ぶ露店。色とりどりの幟旗や横幕。絵模様や花、人形に飾られた造形物。房の付いた長竿。そのいっさいが、あちこちに吊るされた提灯の柔らかな灯りに染められて、ぼんやりと浮かび上がっている。夢うつつの心地だった。

 中心部と思しき場所に、背の高い楼閣めいたものが建っている。その作りがまた奇妙で、天辺近くに巨大な歯車が集積したような、丸く複雑な機巧が備え付けてあった。なにか大掛かりな仕掛けなのか、あるいは計測器具なのかと想像したが、むろん正体は分からない。ともかくそれが〈衾雪の市〉の象徴なのだろうと納得して、凜は視線を下ろした。

「凄いなあ――来てみてよかった」

 どこからか砂糖菓子を焼くような甘い香りが立ち込めてくる。長らく眠ったあと、食事も取らずに出てきてしまったことを思い出すなり、空腹を覚えて仕方なくなった。まずは腹ごしらえをして、それから楽器を探そうと思い立つ。これだけの市ならば、きっと目当てのものが見つかるだろう。

 雑踏をすり抜けながら、凜は練り歩く人々をそれとなく観察した。厭でも目に入った、と言うべきかもしれない。なにしろ誰もが、仮装行列のような風采なのだ。年に一度の祭りというだけあって、気張って飾り立てている様子である。

 分厚い蓑を羽織り、それが生来の顔かとふと疑わしくなるほど精巧な鬼の面をかぶった者。複雑に枝分かれた角を生やした者。緋と白の衣を纏い、扇を携えた者。自分をここへいざなった三人組もまた、このどこかに紛れているだろうか。

「ひとつください」

 それらしい出店を見つけ、声をかける。ぬっと突き出してきた店主の顔はといえば、白い狐面である。差し出された手はずいぶんと大きく、指も長い。凜は怖じることなく小銭を掴み出して渡し、代わりに紙に包まれた菓子を受け取った。取引のあいだじゅう、相手はひとことも言葉を発しなかった。

「ありがとうございます」

 いちおうは礼を述べて店先を離れ、口に運ぼうとしたとき、ふと視線を感じた。振り返る。

 人の濁流のさなかに、小柄な娘の姿を見出した。ほかの誰も彼女を気にしていない感じだったが、凜はどうにも胸苦しくなった。近づいていき、ねえ、と呼びかけた。

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