第29話

「……………………」

「……………………」


 蔵に残された俺とリコ。炬燵に隣り合って座ったまま、無言の時が数分流れる。


 嘘だろ…………――気まずい……。

 リコといっしょにいて気まずいなんて人生で初めての体験なんじゃねーか……?


「別にいいし……分かっていたし……こんなことでわたしがショックを受けるわけなんてないし……」


 みかんを摘まみながらぶつぶつと呟くはんてん姿のリコ。要するに「全然よくないし、わかってなかったし、こんなことでめちゃくちゃショックを受けてる」ということである。ちなみにそのみかんは俺が苦労して白い筋を取ってつるつるにしたやつである。なに勝手に食ってんだ。


「まぁ……その、何だ……すまん……」

「いいってば別に。分かっていたのよ、本当に。だって、そんなわけにいかないじゃない、わたし達。わたし達が家族になるなんて、皆が親族になるなんて、もう無理なのよ。あなたに迷惑かけたくない」


 諦念を感じさせるような、そんな自嘲混じりの薄笑いがあまりにもリコらしくなくて、そんな顔をこいつにさせてしまう自分があまりに情けなくてムカついて――そんなことを言い訳にしないと行動を起こせない自分がさらに情けなくてムカつくが、それでも俺はリコの唇にキスをした。


「…………っ、え。今わたし笑いそうだったかしら……?」

「おう、めっちゃムカつく感じで笑ってた」

「そう。なら仕方ないわね」

「おう、仕方ねーんだよ」


 ホント、仕方ねーんだよ、キスしたかったんだから。慣れ親しんだ感触を味わって、気持ちを落ち着かせてからじゃねーと、言えねぇんだよ、これは。


「なぁ、リコ」「ねぇ、お兄」


 決意を固めて切り出した俺の言葉がリコの言葉と重なってしまう。

 数秒見つめ合って目をぱちくりさせた後、リコが視線で「あなたから、どうぞ」と示してくれる。


 俺は軽く深呼吸をして、


「付き合う演技、するぞ。このあとメゾテラで告白演技するから、ちゃんと受け入れる演技してくれ」

「え……それって……っ」

「そうだよそうだよ、もうわかってんだからいちいち全部は言わせんなよアホ。この前みたいにビンタとかするなよ、ちゃんとオーケーしろよ」

「……本当に、いいのね……? 皆のこととか、」

「グダグダ言うなって。いいから付き合え。そうしねーと番組の評判もお前のイメージも落ちちまうんだろ? せっかくフォロワー数も十万近いってのに」


 リコ人気の勢いはとどまるところを知らず、SNSのフォロワー数も加速度的に増えていた。そしていくら人気が出ても、どんなオーディションにも受からないということも判明した。

 まぁ、それはそれでお前らしくていいじゃねーか、うん。


「分か……った。うん。付き合う演技、するわね。じゃあ……」

 リコはいそいそと炬燵から出て、俺の方に体を向け、正座でペコリと、その赤い頬を隠すかのように頭を下げ、

「これからも、よろしくお願いします」


「お、おおおおう……こちらこそ、よろしくお願いします」


 俺もリコに倣って、正座で頭を垂れる。


「ふっ、それじゃ土下座じゃない、お兄焦りすぎ、ふふっ――」

「あほ、笑うなって」

「ん……っ」


 いちいちキスのきっかけをくれるとこがホント気が利いてやがる。

 あ、そうだ、


「そういやお前のほうの話は? さっき何か言いかけてたじゃねーか」

「あーうん。こんな時に言うのも何だけれど、というか本当はまだ誰にも言ってはいけないのだけれど……ドラマのオファー、来ているみたいなの。月9の」

「へー相変わらずスゲーなキムタク。何本目だよ」

「何でキムタクにドラマのオファーが来ていることをわたしがあなたに伝えるのよ。わたしに来ているの。男性に人気な青年漫画が原作らしいのだけれど、その中でも結構大きな役どころみたい。『メゾテラ』効果、想像以上だったわね……。オーディションなんてもう一生受からないと思っていたら、まさか向こうから指名が来るなんて。まだ正式決定ではないのだけれど……」

「マジ、かよ……っ」


 こいつがドラマ? 信じらんねぇ――わけ、ねぇ。


 当然だ、必然だ。

 だってこいつは世界一魅力的な人間で、ずっと努力もしていて、諦めずに夢を追いかけていて――リコが夢を叶えられないわけなんてなかったんだ。

 そんなことはずっとわかっていた。一番長く一番近くいっしょにいた俺が一番よくわかっていた。

 だからこんな胸のモヤモヤなんかは一生隠して、俺がこいつを一番応援してやるべきなんだ。


「やったじゃねーか! おめでとう、マジでおめでとう!」

「……応援して、くれるのね……?」


 何だよ、何でそんな不安そうに瞳を揺らすんだよ。俺がお前に嫉妬しちまってたこと、やっぱ気づいてんのか? そりゃそうか、俺のことなんかお前には全部お見通しだもんな。

 すまん、こんな最低な男でホント悪ぃ。でも、これからは何があっても素直に応援するから。


「当たり前だろ! ドラマで活躍して、演技もこなせる大人気タレントへの階段を一気に駆け上がれよ!」

「……うん……」

「何だよ、浮かねぇ顔して。演技力が不安か? まぁ確かに今のままじゃ相当やべーと思うが……じゃあ、それこそ俺と練習しようぜ。今日から恋人の演技続けんだろ?」

「そう、ね。ふふっ、確かにあなたに笑われないように演じるというのは一番難しいし、一番良い稽古になるかもしれないわね。しかもそれが四六時中続くのだから。よろしくね。メゾテラに戻ったらさっそく大きなスパーリングよ。今度こそロマンチックな告白を頼んだわよ? 最高の演技で最高のオーケーを返してあげるわ!」

「おう! 任せとけ!」


 まぁたぶん、というか絶対笑わせちまうし笑っちまうと思うけど、そのときはまぁ、長めのキスでもして誤魔化しとこうぜ。

 今日くらいは、こんな日ぐらいは、それでいいだろう?

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