第6話

「あ、世界一は言い過ぎだわ。わたしそこまで言ってない。『日本の若者に大人気』くらいでいいわよ。なにお兄、もしかして格好つけたのかしら? 全然格好良くなかったけれど」


 うるせぇ。


「うーむ、大人気になる程の面白い恋愛リアリティショー……さっきの私とジンジンのようなやり取りではダメなのかい?」

「僕達なりに結構頑張ったんだけどなぁ。じゃあ具体的にはどうすればいいのかな?」


 ヤエちゃんからの目配せを受けて、ジンジンが肩を竦める。


「いやーやっぱさすがですお兄とリコっちゃんは。何かまためっちゃアホでめっちゃ楽しそうなこと始めようとしてるじゃないですかー」

「久吾……またあんたはリコとお兄の企みに悪ノリして……昔っからあんたら三人がこうなると碌なことになんないだから」


 ワクワクと身を乗り出す久吾と、こめかみを押さえてため息をつく華乃。


 華乃はもう完全にやる気ないっぽいな。ヤエちゃんもまだまだ戸惑ってるのが伝わってくるし、ジンジンは幼なじみの中では断トツで考えが読めない。

 やっぱり頼れるのはお前だけだよ、久吾……。


「いえ、さっきの演技自体は良かったのだけれど、単純に二人一組の男女が恋愛しているだけではストーリーとして物足りないのよね。番組が全く盛り上がらないわ。だから……そうね、惚れた惚れられたの矢印を交わらせていくってことよ。六人の相関図を複雑にする。この六人の間で三角関係、六角形を作っていくわ」

「あ、ちょっと待ってください、え、気持ちわるっ。えっ。例えばリコっちゃんとお兄が恋愛してるけどオレもリコっちゃんのことが好きでそんなオレを華乃が好きで……みたいなことですか……? あ、やばい吐きそうかもです。やっぱオレ無理っす。ヤエっちゃんとジンジンのは笑って見られましたけど、リコっちゃんとかお兄とか華乃が絡んでくると脳が拒否反応起こします」


 久吾も使えない。


「見て見て久吾。あたし今めっちゃ鳥肌立ってる。六月中旬のプール授業並じゃんね。ほら、あん時もさぁ、あったじゃん、小二のとき。プール開き前日の夜にお兄とリコがプール忍び込もうとしてんのにあんたもついてって、あれ、でもそれを見てるってことはあたしもついてったのか……?」

「華乃、現実から目を背けないで。あのね、わたしもお兄も気持ち悪いのは承知の上で言っているのよ」


 いやホントマジで俺も自分で言っててめっちゃ寒気してるんだ。お前らも受け入れてくれ。


「まぁここはわたしに任せてくれればいいのよ。上手い具合に考えてあるから。とりあえず……男子は三人ともわたし狙いってことでいいわね。お兄と久吾とジンジンは海老沼紫子が大好き」

「あ?」「今ここで吐けってことですか?」「どんな理由があって言ってるのか聞かせてもらえるかなリコちゃん?」

「理由なんてそんなのわたしをモテ女子に見せるために決まっているじゃない」


 決まってねーよ。


「わたしは、番組を見ているオシャレ女子達の憧れの女性にならなくてはいけないのよ。ということで男子三人はわたしを取り合ってください。ドロドロな感じでも、男同士の友情を育みながら正々堂々爽やかに競い合う感じでも構わないわ。視聴者の胸がハラハラキュンキュンするような告白シーンを頼むわよ」


「大変だな男子達は……」ヤエちゃんが同情の眼差しを向けてくる。「それで、リコちゃんは三人の中の誰と付き合うんだい?」

「誰とも付き合わないわよ」

「ん? ああ、いやそうではなくてだな、すまん、私の聞き方が悪かったか。三人の中の誰と付き合う演技をするんだい?」

「いやだから誰とも付き合わないってば。三人とも優しくフるわよ」

「何でそんなことするんだ!? 男子達に何の恨みがあるんだい!?」

「いやだから。わたしをモテ女子に見せるためだって言っているじゃない……」

「え、何だいその感じは。もしかして私の方が非常識なこと言っているのかい……?」


 安心しろヤエちゃん。あほがいつものあほ発揮してるだけだ。


「何よお兄までそんな目して。目的はわたしを人気者にすることでしょう? この方法は理に適っているはずだけれど。言い寄られてホイホイ付き合ってしまうよりも、真剣に悩んだ上で誠実にフる方がモテ女子感高いし好感度も上がるでしょう。それに、演技でも付き合ってしまうと面倒くさいのよ。番組が終わった後も二人の関係を追いかけられてしまうわ。交際を始めた以上、別れてしまってはイメージダウンは避けられない。それこそ一生演技し続けなければいけなくなるのよ? なに、あなた達わたしと結婚するつもり? え、今わたしプロポーズされているの?」

「お前タレント辞めてポジティブ・シンキングの自己啓発セミナー講師とかやった方が売れんじゃねーの?」「あぅ……っ」「待ってリコちゃん、久ちゃんがホントに吐きそうだからやめてあげて」

「あなた達にも特にデメリットはないじゃない。ちゃんとあなた達を立てたフり方をして、格好いい失恋にさせてあげるわよ。お兄の社内での評判も上がるし、久吾もイケメン独立リーガーとして注目されること間違いなし。番組に出ていても、恋愛をしなければただの空気で終わってしまうわよ? ジンジンは……ジンジンはまぁ、優しいからわたしに協力してくれるわよね?」

「お、おう。俺もリコ以上の案持ってるわけでもねぇしな……」「えーマジですかー……まぁ、オレも昔からリコっちゃんの滅茶苦茶には乗り慣れてますしね」「しょうがないね。お兄君や久ちゃんにやらせて僕だけ何もしないわけにはいかないし」

「さすがわたしの幼なじみ達ね! 大好きよ!」


 抱きついてこようとするリコを男子三人で払いのける。


「はぁ……ホントみんなリコに甘いんだから……。まぁでも、リコと男子三人が勝手に恋愛ごっこしてくれてるっていうなら、あたしとヤエちゃんは何もしなくていいってことじゃん。ならそれでいいや。勝手にやってなって感じ」

「そうはいかないわよ華乃。あなたとヤエちゃんにも協力してもらうわ。わたしのモテ感をアップするために、わたしを好きな男子三人もそこそこモテてもらわなければ困るもの。華乃とヤエちゃんには男子三人のうちの誰かに恋心を抱いてもらうわ。でもその人は才色兼備の美少女タレントに夢中。必死でアプローチするけれど一向に振り向いてもらえない、と」

「ねぇ、一回くらい殴っても正当防衛になると思うんだけど。殴っていい? 二、三回」華乃が軽蔑の表情でリコを見下ろす。「何であたしがこいつらを好きになった挙げ句フラれなきゃなんないの?」

「別にいいじゃない! あなた生活のために残ったのでしょう!? 恋をしようがしまいが、フラれようがフラれまいが、生活費は一円も変わらないじゃない! それともわたしの知らぬ間に失恋税でも導入されていたのかしらこの国は!?」

「論理的にはそれほど間違ったこと言っていないのがたち悪いんだよなリコちゃんは……」

「とりあえずヤエちゃんは久吾狙いということでお願いね。経験豊富な年上女子が、野球しかしてこなかった童貞男子を誘惑する感じで頼むわ」

「少しでも君が論理的だとか思った私がバカだった! 何で私がそんな淫乱を演じなければならんのだ!? 二十一年間まともに男友達も出来たことないんだぞ!?」


 さっき「恋愛くらい」とか言ってたのは何だったんだ。あと俺たちは男としてカウントされてないんだな。


「あー、でもオレもヤエっちゃんなら安心なんですけど……。華乃に迫られるとか無理ですもん、絶対笑っちゃいます」

「あたしもー。久吾と恋愛ごっことか死んでもムリー」

「でもヤエっちゃんとなら全然演技できるというか。でもヤエっちゃんはオレ相手じゃ、嫌……ですよね……?」

「う、うーむ、久ちゃんがそう言うのなら仕方ないか……というか本当可愛いな君は。何か罪悪感とか湧いてくるから上目遣いとかやめてくれないかい?」


「まぁ別にお兄やジンジン相手でもいいのだけれど。ヤエちゃんの場合できるだけ年下相手の方がいい画になるかなーと思っただけだから」

「いやいい。お兄はアホで可愛くないし、ジンジンは……ジンジン相手だとほら、何かリアルだろう?」

「うん、僕もそれは分かるよ。ちょっと僕と綾恵でっていうのは勘弁してほしい」

「そう? 別にリアルなのはいいことなのだけれど。まぁいいわ。双方の合意も取れたことだし、ヤエちゃんが久吾狙いという設定は確定ということで」

「なんなのこの地獄会議」

「次はあなたよ。じゃあ華乃はジンジンを」

「いや普通に嫌だから。ミスター青学狙いとかミーハー感丸出しじゃん。絶対無理」

「僕この数分で三人にフラれたんだけれど。でもそれでいいかも。どうかな、リコちゃん。僕はモテ男を気取った勘違いナンパ野郎で女子みんなを狙うんだけど全員にフラれる役っていうのは。いけ好かないミスター青学が女子にコテンパンにフラれるっていうのは、視聴者からしてもカタルシスがあっていいんじゃないかな」

「ジンジン……あなた天才なの? 採用します。ジンジンは女子三人に矢印を向けるってことで。ただし本命はわたし」

「ジンジン、もしかしてさっき私がミスターコンテスト嫌いって言ったのを根に持っているのかい……?」

「ううん、何で? 全然そんなことないよー」


「ていうことは消去法で華乃はお兄が好きってことになるわね。よし、これで初期設定は完了ね」

「あんたバカなの!?」「お前本物のバカなんじゃねーの!?」

「バカじゃないわよバカ兄妹。頭脳派タレントでやっていくのだから」

「いやバカでしょ! あたしとお兄、兄妹! わかる? きょ・う・だ・い!」「リコお前論理どころか倫理感までぶっ飛んでんじゃねーか」

「いやだからわたし達は初対面ってことでやっているのでしょう……。あなた達は兄妹ではない。それを前提としてずっと話してきたのだけれど。え、もしかして前提を忘れていたの? バカなの? あほなの? バカあほ兄妹なの?」

「ねぇ久吾、バット貸してー。ちっ、あんたんとこのリーグDH制か……」

「いいじゃない、ただの演技よ? 口で好き好き言っているだけで何の実態もないのだから。しかもフラれるのだし」

「そういう問題じゃないでしょ! 実態がなくても実の兄を好きとか言ってる時点でアウトなの!」

「あなた七歳まで『お兄のお嫁さんになる』と言い張っていたじゃない」

「うるっさいっ!! 今それが何の関係あんの!? てか六歳半までだしっ!」

「六歳十一ヶ月までよ。関係あるでしょう。あれだって何の実態も効力もないプロポーズだから何の問題もなかったわけよね。それと同じよ。というかそうやってあまり必死に拒み過ぎると却って本当のブラコンみたいよ」

「~~~~っ!」

「だいたいもう他の四人の矢印については最適解が出ているのだから、消去法でお兄と華乃をこうするしかないじゃない。諦めなさい」

「てかまずリコに男子三人から矢印が伸びてる前提を崩せばいいじゃん!」

「諦めなさい」


 ダメだもう。強硬モードに入ったリコを動かせる人間なんていねぇ。


「しょうがねぇ華乃。受け入れるぞ。リコの頑固さはお前が一番知ってんだろ」

「……お兄は本当にいいわけ……? あたしが、お兄のこと好きでも」

「しょうがねーだろが」

「……じゃあ、わかった」


 不満げに頬を膨らませながらも引き下がる華乃。それを見てリコは満足げに、


「完璧ね。那須高原編は『メゾン・ヌ・テラス』史上最高のシーズンになるわよ!」

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