第7話

「ただ……本当にバレませんかね?」久吾が遠慮がちに声を上げる。「出身とか掘られたら、オレたちの繋がりなんて丸わかりになっちゃいますよ?」

「大丈夫じゃないかしら。わたし達全員、高校は別々なわけだし。実際、制作側がわたし達の繋がりに気付けなかったからこそ、こういう事態になっているわけでしょう? 履歴書まで提出されているっていうのに」


 正確に言うと俺とリコは同じ高校に入っている。ただ、俺は入学式前に退学しているし、そのときから苗字も変わっているから、俺たちが同じ高校に入学したことを覚えているのなんてこいつらや村の人間だけだ。


「要するにこの村以外で、俺ら六人の間に共通の知り合いというものは基本的に存在しないわけだ。オンエアまでに村の人間や分校の先生にだけ口止めしておけば俺らの関係性は漏れない」


 これは全然難しい問題じゃない。

 狭くて閉鎖的で人付き合いが濃くて無駄に結束が強いという、田舎の特徴を凝縮したような村だ。大事な若者のお願いを無下にはしないだろうし、村八分の危険性を犯してまで箝口令を破るような人間もまずいないだろう。てかそもそも高齢者ばかりでこの番組知ってる人間自体ほとんどいないだろうが。


「あ。いえ、でもそういえば。あなたのアパートのお隣さんとか大家さんは、あなたと華乃とわたしが元々知り合いなの分かってしまうわよね」

「確かにな」リコも挨拶くらい交わしているし、顔も覚えられているだろう。「でもあの人たちなら気づいてもペラペラ喋ったりしねぇよ。まぁ一応菓子折持って頼んどくわ」


「大丈夫ですか? お兄とリコっちゃん、どうせしょっちゅう近所のスーパーとかで一緒に買い物したりとかしてますよね?」

「それは大丈夫だ久吾。なぜか知らんがこいつ外出するときめっちゃ変装してくから」

「それはそうでしょう。芸能人のわたしが宇都宮なんて歩いていたらパニックになってしまうわ」

「あたしはアレが恥ずかしいから絶対リコとは外出しない。宇都宮の八百屋にフード被ってサングラスとマスク着用で行かないでよこのうまい棒。あと万が一童貞お兄が彼氏とか勘違いされたら嫌だから基本お兄とも近所には出ないし」


「そうですか……じゃあお兄・リコっちゃん・華乃の繋がりは大丈夫そう、と。ジンジンとヤエっちゃんはどうですか」

「僕達は東京でそんなに会ったりしていないよ。たまにお互いの家行くことくらいはあるけど、そんなに人目に触れたりとかはないんじゃないかな」

「うむ。だいたい東京で私達が一緒にいるのを見たところで、そんなことを覚えているような人間いるわけないさ。心配性だな久ちゃんは。ピッチャーよりもキャッチャー向きの性格だったのかもな君は」


「こういうとこ割としっかりしてるよね、あんたって。ああ、そっか。いつからだっけ? いつからかお兄とリコには、久吾ついて行ったほうがいいんだった。悪ノリどころかむしろストッパーだし。危ない橋は渡らなくなったもんねあんたは。いいんじゃない? そういうとこ嫌いじゃないよあたしは」

「別に華乃に好かれたいわけじゃないですけど。……まぁ、大丈夫そうならいいです。あなたたち自分が思ってるよりもずっと人目を集める存在なんですから気をつけてくださいね。五人とも自分のルックスの良さに無自覚過ぎるんですよ」

「え、わたし自分のこと世界一可愛いと思っているのだけれど。え、もしかして足りていなかったのかしら? 宇宙一?」

「四人とも自分のルックスの良さに無自覚過ぎるんですよ。何でこのメンバーが番組に選ばれたのか、オレにはわかりますよ。まぁ全員が応募したのは凄い偶然なんでしょうけど、選ばれたのは必然です。見た目がいい男三人、女三人が選ばれたというだけのことです」

「おお……お前自分で。え、俺もかっこいい? マジで?」

「オレだって言いたかないですよ、こんなこと! でもお兄たちがあまりにも自分らのこと客観視できていないからオレが言うしかないじゃないですか。昔からずっとそうでしょう」


 確かに俺たちのことを一番客観視できるのは久吾なんだろう。

 小学生のときから村外の野球チームに所属していたり、十五歳からは県外の野球強豪校の寮に入っていたことも要因かもしれない。狭すぎるコミュニティで過ごしてきてしまった俺たちに比べれば、外の世界のことをよく理解しているのだろう。

 そんな風に年上の自分のことを心配してくれる幼なじみが微笑ましかったのか、ジンジンとヤエちゃんは顔を合わせて白い歯をこぼす。


「久吾の心配はよく分かったわ。万全は期しましょう。これからも重要な会議はここに集まってするということで」

 ここになら村の人間以外に見られずに来られるしな。てか村民にすら出会わんだろうけど。過疎化は深刻だ。

「簡単な打ち合わせだったらトイレでもと思ったのだけれど……やっぱり複数人で閉じこもるのは掃除と偽ったりしたとしても不自然だから滅多に使えないでしょうね」

「まぁ蔵会議でしっかり打ち合わせとけば俺らなら大丈夫だろ。あとはまぁちょっとしたことならLINEとかだな」ただこれも、画面をカメラに撮られちまったら意味ねぇから、かなり気をつけねぇといけねーけど。「じゃ、そろそろ戻るか」

「そうね。大事な初日だというのに取れ高が足りなくなってしまうわ。ジンジンの車に全員乗れるかしら?」

「リコっちゃんアホですか? 六人一緒に戻ってきたらおかしいでしょう。時間差で帰りますよ」

「僕が皆を拾って回ってきたってことにすれば大丈夫じゃないかな、向こう出た時も何人か乗せてきたわけだし……じゃあ半分だけ僕と車で戻って、残りは後から来てもらおっか」

「つか俺バイクで来ちまってんだよ。そうだな、先に四人が車で出てくれ。少し時間置いてから俺が誰か一人乗せてくって感じでいいだろ」

「はぁ……めんどくさ。じゃああたしが、」「わたし後でいいわ。お兄、漫画」


 リコに発言を遮られるも、特に表情を変えることなく華乃は立ち上がり、


「じゃあジンジン君、運転よろー」


 ジンジン・ヤエちゃん・久吾と連れ立って部屋を出て行く。


「ねぇお兄」華乃は、後ろ手で扉を閉めながら振り返ることもなく、「あの家に入った瞬間から、あたしお兄に恋しなきゃなんだよね」

「お、おう。恋とか言うな」


 俺の返答を最後まで待たずに、扉がバタンと閉められる。


 はぁ……改めて言われてみると大変なことになったな……。

 まぁ今さらゴチャゴチャ考えてもしょうがねーけど。何とかなるだろたぶん。

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