第5話

「ほんっっっとに! 頼むわよあなた達! あなた達の一挙一動にわたしの人生がかかっているのよ!?」


 部屋に入ってくるなりリコが叫ぶ。

 おい、カメラはなくても俺の部屋なんだぞ。近所迷惑……って近所はお前ん家だけか。


「はぁ……それにしてもこの匂い……相変わらず実家よりも実家感あるわね」


 リコは大きなため息をつきながら畳にヘッドスライディングするかのように突っ伏し、そのままゴロゴロ転がって炬燵に潜った。


 これで全員揃ったな。


『メゾテラ』を出てから一時間。

 俺たち六人は秘密基地――というか俺の実家の蔵に集まっていた。

 元々じいちゃんばあちゃんや母さん姉妹が四十年くらい前まで住んでいた旧家が蔵として残されているのだが、現状は物置小屋としてもほとんど機能していない。一見ただのボロ空き家である。

 悪さをしてはしょっちゅう「蔵に入れるぞ」と脅されていた俺とリコが、逆にその懲罰房を遊び場にしちまったのは五歳の頃だったか。

 華乃や他の三人も集まって、大人には内緒の基地になるのに時間はかからなかった。

 まぁ今思えば初めから大人にもバレバレだったのだろうが、特に咎められることもなく、この六畳の居間が十何年も俺たちの溜まり場になっている。

 というか何なら昨日もここに集まって華乃の(かなり簡素でテキトーな)誕生日会をしたばかりだ。


 各々いつものポジションで炬燵を囲む六人は、メゾテラにいたとき以上にダラダラとしていた。


 久吾は頬杖をついて、ヤエちゃんが持ってきてくれた苺をつまみながら、


「いやー、にしてもホント驚きましたよね。ダイニングの扉開けたらリコっちゃんとヤエっちゃんとジンジンがいたから、ドッキリかと思ってツッコミそうになっちゃいましたよ。『偶然、偶然』ってサイン送ってくれたから、これが紛れもない番組本番なんだってわかりましたけど」

「だねー。でも自己紹介のあだ名発表のくだりは上手くやったんじゃないかな。何だかんだ僕は結構楽しかったけれど。フフ、さすがリコちゃん」


 こたつホース(ストーブの温風を炬燵に送り込むダクト。経済的でめっちゃ便利)の位置を微調整しながらジンジンが答えると、


「ちょっと、ジンジン君までリコを甘やかさないでよ。お兄とリコのあほあほコンビの悪ノリを止めるのが年下のあたしだけって何その地獄。ねぇ、ヤエちゃんからも何か言ってやってよ」


 全員分のお茶を入れながら、華乃がプンスカと愚痴る。


「こらこら、あほあほコンビだなんて呼ぶもんじゃないぞ。この二人なりに真剣に考えての行動なんだ。とはいえまぁ……うーむ、なんと言うかだな……正直私も基本的には華乃ちゃんと同じ考えで、こんなことをやりおおせられるわけがないと思っている。リコちゃんに協力してあげたいのは山々なのだが、番組のことをよく知らない以上、方法すらよく分からないというのが正直な所でな」


 ヤエちゃんから視線で説明を求められて、俺は湯飲みから口を離す。

 そろそろ本題に入ろう。このままだとどうせまたいつものように六人でダラダラしただけで一日が終わってしまう。

 俺は、炬燵に潜って両目と両手だけを出しているリコから十一年前のマガジンを取り上げて、


「ここにみんなを集めたのは、それが理由だ。みんなやるべき演技を、するべき立ち居振る舞いを全然できていなからだ。ヤエちゃんだけじゃない。みんなこの番組のことを何もわかってないだろ。てかまともに見たこともねぇだろ。いったい何が目的で応募したんだ? リコの理由だけはみんなわかってっと思うけど」

「お兄のもわかりますけど。オシャレでキラキラな彼女が欲しかったんですよね」


 冷蔵庫から練乳を取り出しながら言う久吾にみんなが頷く。


「久吾それ賞味期限切れてるからやめときな。まぁあたしもお兄と同じで彼氏目的だったんだけど……それにあそこで暮らせば生活費も浮くし。お兄の稼ぎで二人暮らしして私大にも通わせてもらってさぁ、何気にけっこーカツカツなんだよね」


 いや二人暮らしなのに家事とかかなり押し付けちゃってるし全然気にしなくていいんだが。むしろ妹にそんな気を使わせてしまって情けなくなってくる。


「まぁ実はオレもリコっちゃんと同じような理由なんですけどね」


 目で華乃に確認をとってから、久吾は練乳のチューブを手首だけでポイと放る。

 一切目もやらずにゴミ箱へストライク投入したことにはノーリアクションのまま久吾は話を続ける。


「少しでもNPB球団へのアピールになればと思ってます。ドラフトで指名してもらえるのなら、プロ野球選手になれるのなら、客寄せパンダでも何でもいいんです」

 俯きがちに物静かに――それでも一点を鋭く見つめ、凄みのある声で言う久吾に、五人が息を呑む。

「ま、金がないからってのもあるんですけどねー。あんないい環境に生活費ゼロで住めるってのは大きいですよ。NPB球団なんてこの時期にはもうキャンプインしてるんですよ? オレだってバイト減らして調整に集中したいですもん。うーん、やっぱヤエっちゃん家のとちおとめは甘いですねー、練乳なんていらなかったっスわ」


 おどけるように肩をすくめ、自ら空気を弛緩させてくれる久吾。


「まぁ選果落ちのものなんだがな。でもやはり、こうやって久ちゃんが美味しそうにうちの苺を頬張る姿を見なければ一年が始まらんな」

「もー、ヤエっちゃんったらもう二月ですよー。ってこのやり取り何年続けるんですか」

「ふふ、楽しくてな」


 まるで幼子を眺めるかのように優しく頬を緩め、ヤエちゃんが語り始める。


「私はまぁ、小さな村で幼小中をほぼ六人だけで育って、女子高に進んでからはずっと勉強漬けで……固くて狭い人生を送ってきてしまったからな。親しい間柄の人間も君達しかいない。卒業後も院に進学予定だし、あまりにも社会を知らぬまま大人になってしまう。少しは外の、未知の環境に身を置かなくてはと思ってな。まぁ勇気を出して飛び込んだ先はあまりにも見慣れた世界だったのだが。何なのだこれは。『メゾン何たら』ってあれではただの綺麗な蔵ではないか」


 本当にその通りである。

 たぶん一週間くらいしたらカメラにも慣れて、ここにいるのと変わらない感じになる。炬燵がおしゃキラ北欧テーブルに変わっただけである。四六時中グータラしてるだけになる。


「でもヤエっちゃんとジンジンって大学大丈夫なんですか? 今月来月は休みみたいですけど、四月から。オレは栃木のチームだし、お兄もリコっちゃんも華乃も県内ですけど、二人は那須から東京通うんですか?」

「いや毎日通学するわけではないのだ。ゼミや進学の準備はあるが、既に単位は最大限取得しているし私はアルバイトもしていないしな。就活もある一般的な大学四年生ほど忙しくはないだろう。というか、そうか。そもそも那須が舞台ということで、栃木にゆかりのあるメンバーが揃えられたのではないだろうか。そう考えればこの天文学的な偶然にも多少は必然性が……いやそれでも奇跡に違いないが。ただ、県外に毎日通勤通学する人間を那須高原でのシェアハウスに採用はしづらいだろう。少なくとも足切りに遭わない理由が私達にはあった。ジンジンなんて卒業所要単位も取り終わって、就職先まで決まって暇だもんな。と言っても、この番組に参加するだけの理由が君にあったとは思えないが」


 ヤエちゃんらしくない険のある言いぐさに、ジンジンが気まずそうに口を開く。


「僕は大学の人達に勝手に応募されちゃってさ……」


「そういえばジンジン、大学のミスターコンテスト? みたいなので優勝したんだったわよね。何でSNSやっていないのよ。わたしをフォローしてくれればいいのに。大学の名前でも何でも使ってわたしを有名にしなさいよ」

「リコ……お前そんなにアホだったのか、俺悲しいぞ。そんなんしてたらお前とジンジンの繋がりバレてただろーが。てか、たぶんリコよりジンジンのほうが芸能関係のオファーとか来てるよな。お前こんなに努力してるっていうのに現実は残酷だな……まぁでも仕方ねーかお前アホだもん」

「何か言ったかしらアホお兄お茶ぶっかけるわよアホこら。あと漫画返して。何かさっきなんだけれど……あーやっぱり。あんたこれグラビアページくっついてるじゃないのよ。ぶっかけたでしょ。キモ」

「十一年前九歳だぞ俺」

「前はくっついていなかったもの。ちょっと待って、わたしの脳内データベースを参照するから……事はここ四十六ヶ月の話に絞られたわ。特に四十三ヶ月前から三十七ヶ月前までの半年間が怪しいわね。十七歳とかでマガジンにぶっかけるのはかなりキツいわよ。キモ」


 たぶん練乳か何かだろう。


「今真面目な話をしているからあほあほコンビを黙らせてくれ華乃ちゃん。なぁ、ジンジンよ。外見のみで声を掛けられているだけなのに勘違いしている男よりも、リコちゃんみたいに人間性をアピールして人前に出る仕事をしようとしている人の方が何万倍も魅力的だと思うのだがな、私は」

「アハハ、勘違いしてるつもりとかはなかったんだけどなぁ、僕は」

「勘違いしているよ君は。人間というものをな。ミスコンやらミスターコンやら、そういうものが私は嫌いだ。人を外見で判断するだけでは飽き足らず、それに順位を付けて大々的に発表するなどという行為には酷く嫌悪感を覚える。ジンジンがそんなものに参加したことはとても残念に思っているよ」

「うーん、委員会の人達だって何も綾恵が言うような軽薄な気持ちでやっているわけじゃないと思うけど。運営側も出場者も多様性を認めた上で真剣に取り組んでいるように感じたけどなぁ。僕もエントリーなんてしたくなかったけれど、すごく真摯で熱心に頼まれちゃったからさ」

「私だってミスコンには誘われたぞ。だが毅然としてはねつけた。だから翌年以降は声を掛けられなくなった。君のそういう優しいところは好きだが、押しに弱いところ・断れないところは嫌いだ。まぁ今更性格を変えろと言っても仕方ないが、少なくともこれからそういった催しへの参加はきっぱり断ってくれないかい? あまり見たくはないものだぞ、たった一人の同級生が、自分よりもずっと気立てが良くて可愛らしくて男心が分かるであろう女性達に囲まれて笑っている姿は」

「僕のたった一人の同級生をそんな風に卑下しないでよ。綾恵ほど思いやりがあって可愛らしい女性なんていないんだから。まぁ確かに男心は分からないかもしれないけれど。アハハ。でもどうなのかな。綾恵がミスコンを断ったっていうのは、もしかして僕の男心を理解してくれていたからだったりして。そうだったら嬉しいけど、でも少し照れくさいや――って、こんな感じのことをカメラの前でやればいいってことだよね?」

「うむ、今のは我ながら悪くなかったと思うのだが。どうだい、リコちゃん」


「さすがよ、ジンジン、ヤエちゃん! まぁ出会ったばかりの設定だから『たった一人の同級生』とかは言ってはいけないのだけれど、そういう部分を除けば完璧だったわ。久吾と華乃も分かったわね?」

「いやわかりましたけど、ふっ、すみません、笑い堪えるの大変だったんですけど。え、ヤエっちゃんとジンジン付き合うんですか、ふっ、ククク」

「えー……いや何を見せられてんのあたし……。ごめん、ヤエちゃん、ジンジン君。きつい……」

「こらこら久ちゃん、華乃ちゃん、失礼じゃないか。私だって恋愛くらい――まぁジンジン相手だけはないが」

「ふふっ、そうだね。僕も綾恵だけはないや」


「とりあえずまぁイメージとしてはそういうことよ」

 リコはカタツムリのように炬燵から這い出て、俺たちに向かって座り直し、

「でもまだまだあなた達は理解が足りていないわ。覚悟して、自覚して。お兄、わたし達がどういう状況に置かれているのか、あなたは分かっているわよね?」


「ああ。いいか、久吾、ジンジン、ヤエちゃん、そんで華乃。俺たちはこれから数ヶ月、あのシェアハウスで初対面のふりをしながら共同生活を送り――世界一恋愛することがあり得ない六人で、世界一面白い恋愛リアリティショーを作り上げなきゃならねぇんだ」

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