第4話
男子用の寝室。
木目を基調とした部屋に、落ち着いた雰囲気のインテリア。さっきまでいたダイニングと同じように、開放的な大窓が陽だまりを作り出している。夜は間接照明がこのナチュラルモダンな感じを引き立ててくれるのだろう。
これまた木製のベッドは、下段が板に仕切られて二つ、上段に一つの寝床がある二段式だ。下が俺と久吾、上がジンジン用となった。
荷ほどきをパッパと済まし、カーペットに腰を下ろしてリラックスした素振りを見せつつ、実は心臓をバクつかせながら、さっそく俺は切り出した。
「なぁなぁ、気になる女子とかいた?」
「え……? 何を言ってるの、お兄君……」
ベッドで仰向けになって読書をしていたジンジンがポカンとした顔で見下ろしてくる。
「なに気持ち悪いこと言ってんですか? 気でも触れましたかお兄」
備え付けクッションをソファにしたり枕にしたり肘掛けにしたりと、その感触を確かめていた久吾が、ドン引き顔で言ってくる。
「ま、まぁ初対面でいきなり気になるも何もねぇよなー」
「うーん、むしろ初対面だったなら、気になる女の子もいたりするものなんだろうけれど。ねぇ、久ちゃん」
「ですねー。オレなんて去年まで男子高で野球部の寮入ってましたからねー。女性と共同生活なんてことになったら全員に即一目惚れですよ」
ダメだこいつら……っ!
恋愛リアリティショーの何たるかをまるでわかってない……! マジで何で応募してきたんだ……? 「女性と共同生活なんてことになったら」って女性と共同生活なんてことになってんだよ! あいつらを女性として見てやれよ!
「それにしても寝室までこうカメラに囲まれているとなると、落ち着いて寝付けなそうですよねー。あれジンジン、もしかしてマイ枕ですか?」
「うん。一応持ってきたんだ。非日常な空間での生活でも日常のものを持ち込めば、緊張を和らげられると思って。カメラとか以前に僕人見知りだからさ。まぁでも思ったよりはずっと気楽かも。全然非日常じゃなかったし」
少しの緊張感もなくダラダラとリラックスする二人。久吾に関してはあくびまでしている。寝付けなそうとは何だったのか。たったいま初対面の人間たちとの生活が始まったってこと認識してんのか?
さり気なくカメラに目をやる。
あの向こうにはプロデューサーやディレクター、数え切れないほどの視聴者がいるんだ。
このままじゃダメだ……絶対すぐにボロが出る……俺たちが実は幼なじみだと、もうたぶん今日の収録分だけでバレる……クソっ、こうなったら!
「あー、てか俺ちょっと忘れ物したっぽくてよ、ちょっと取り帰るわ。アパート県内だし割とすぐだからさ。久吾とジンジンはこの後どうすんの?」
*
「わたしが上のベッドでいいわよね。華乃の下なんかで眠りたくないし。ヤエちゃんも下段でいいわよね?」
「う、うむ。私はどこでも構わんぞ」
リコちゃんに声を掛けられ、荷ほどきしながらそう答える。
うーむ、しかし大変なことになったな……。まさかこんな所でリコちゃんやお兄達に遭遇してしまうとは……。
大学の試験も終わり東京から帰ってきたのが昨日。華乃ちゃんの誕生日会で皆と盛り上がる中、今年の春休みはもうあまり会えないなと寂しさを感じながら夜を明かした。
そして迎えた今日。不安な気持ちで那須高原まで来て、とんでもない豪邸に圧倒されて、ダイニングに入ったらリコちゃんが座っていて驚き、続いてジンジン、久ちゃんの登場に驚愕し、大トリはお兄・華乃ちゃん兄妹ときたものだ。
偶然にしてもこれは……『番組に集まったメンバー全員が幼なじみ』だった、だけではなく、ある村の『幼なじみ全員が同じ番組に集まって』しまったのだ。天文学的な確率だぞ。
戸惑うことしか出来ない私とは対照的に、リコちゃんはウキウキと部屋のインテリアを弄ったりしている。
まぁこんなウッディでモダンな女子部屋を使えるとなれば気分が上がるのは分かるが……しかしカメラに囲まれているしなぁ……。
華乃ちゃんは華乃ちゃんで、ベッドでふて寝を決め込んでいる。
このあからさまなやる気のなさ。もうカメラにも慣れてしまったのだろう。相変わらず神経が図太い。
私はといえば……何をするべきなのか、どころか、何をしたいのかすら分からない。
ひとまずリコちゃんに歩調を合わせてはいるが、本当にこんなことを続けていいのか、かなり懐疑的に思っている。にもかかわらず、華乃ちゃんのように反抗的な態度もとれない。相変わらず何て中途半端な人間なのだろう、私は。
いつかきっとこの子達にも、私がいざという時に何も出来ない人間だと、一緒にいる価値も無い人間だと――なんて考えていると、
「さっそくだけど気になる男子はいたかしら。三人の第一印象は? 華乃はどう?」
「は? なに言ってんのリコ……こわ。あんた電波系タレントとしてやってくつもりなの? 王道じゃやってけないから奇をてらってくの? うまい棒シナモンアップルパイ味なの?」
「コーンポタージュ味よ」
リコちゃんと華乃ちゃんがクッションの投げ合いを始めてしまう。何をやっているのだろうこの子らは……。
「はぁ……ホント使えないわね、バ華乃は……ヤエちゃんはどうだった? 男子達の第一印象」
第一印象って。男子や君達の第一印象はあれだろう……赤ちゃんだった。
いや正確に言うと、ジンジン・お兄・リコちゃんの三人に関しては第一印象なんてものは存在しないのだ。出会いというものを覚えていないからだ。本当に物心付いた時には一緒にいたのだから。
特に同い年のジンジンは、幼き頃を振り返った時、いつでも私の隣にいる。
ただ、二つ下の久ちゃんと華乃ちゃんとの出会いはよく覚えている。というより私が記憶している最も古い「出会い」というものはこの二人とのものだ。
久ちゃんはジンジンの従弟、華乃ちゃんはお兄の妹なこともあって、本当に生まれたばかりの二人に会うことが出来た。
二人ともそれはそれは可愛かった。あと、久ちゃんは0歳の時から髪の毛ボーボーだったな。ふふ、これを思い出すといつも笑ってしまいそうになる。
しかしリコちゃんが求めているのこういうことではないのだろう。
私達は初対面なのだ。
今、大人同士として見た男子達の印象を答えなければならないわけだ。
「うむ、私の印象としては、そうだな……久ちゃんはほんの少し見ないうちに良い体つきになってきたよな。まさにスポーツ選手というか。うーむ、何か少し寂しい気もするが……」
ま、無難にこんなところだろう。
「ほ、ほんの少し見ないうちに……? なってきた……? な、何言っているのかしらヤエちゃん……今日知り合った人に対してまるで親戚のおばさんみたいよ……ふふ、東京流のジョークなのかしら」
「あっ。あーいや、違うのだ。こう見えて私は結構野球好きでなっ! 彼は高校時代から関東ではそこそこ知られていたし、こうやって地元の栃木のチームに入ってくれた選手のことは多少調べたりしていたのだよ!」
「はぁ……そうなのね……」
リコちゃんが頭を抱えてしまう。
あっ、そんな目で見ないでっ。私リコちゃんに呆れられたくないっ!
でもやはり、この調子では遅かれ早かれこんなことは破綻するだろう。四六時中カメラに囲まれて過ごしているというのに、知り合いであることを隠し通すなんて土台無理な話だったのだ。
「あーすまん。ちょっといいか」
ノックされた扉が開き、ひょっこりとその整った顔を覗かせてきた黒髪は、
「どったのお兄。ねー聞いてよ納豆味が何かキモくてさー」
「コーンポタージュだと言っているでしょう! もしくはチーズ味よ!」
「俺は納豆味好きだけどな……。あーそうそう、何か俺ちょっと忘れ物しちまってよ、取り行ってくるわ。ちなみにジンジンも実家の店にちょっと顔出し行って、久吾もちょっと自主トレしてくるってよ。お前らはこれから外出の予定は?」
「……っ! あ、あー私は、」
瞬時に言葉を捻り出せなかった私とは違い、華乃ちゃんとリコちゃんは、
「あたしちょっとこの辺のスーパー巡りしとくつもりだった。初日にどの店で何が安いか知っときたいし。でもそっか、けっこー時間かかりそだし、もう出ないと夕飯間に合わないね」
「みんな出てしまうのなら、今のうちにわたしもちょっと日課のランニングでもしてこようかしら。良いコースを探しがてらだから時間は掛かってしまいそうだけれど。ヤエちゃんも一緒にどうかしら。こんな天気のいい日に一人で家にいても仕方ないでしょう?」
「そ、そうだな、しかし私は走るのが苦手でな。マイペースに散歩でもすることにするよ。ついでにちょっとSNSに映えそうな場所でも探しておくさ」
リコちゃんありがとう。これで何とか私も外に出られる。
ちょっと忘れ物――「秘密基地に集まれ」という、昔からの私達のサインだ。
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