第3話
リコが吠えた。声量的には吠えていないが表情と勢いが吠えているそれだ。
「お、おい」
「大丈夫よ、トイレにカメラはないから。大声さえ出さなければ普通に会話してオーケーよ」
なるほど、それでここに連れ込まれたってわけか。
それならまず何よりも、
「おい華乃、お前何やってんだ!? 何でここにいる!? 今日から春休みだから実家帰るって言ってよな!?」
「いやこっちのセリフだし! お兄こそ何やってんの!? 研修で東京に泊まるって今朝出てったじゃん! なにメゾン・ヌ・テラスって!?」
「ぐぅ……い、いやお前に言うのは気恥ずかしいだろーが。自己紹介でも言った通り、会社から一人出すって話になったみたいで俺が選ばれて……俺だってこんな番組、らしくないってわかってるから出たくなかったけど、会社命令だしよ……」
「嘘つけ、どうせ女目的で自分から立候補したんでしょ。必死でオーディションとか勝ち抜いてきたんでしょ。童貞丸出しでキモ。童貞お兄きっも」
「うぐぅ……」
百パーセントの図星である。さすが実の妹。
「お、お前こそ俺と似たような理由なんじゃねーのか、同居する兄貴に隠れてまでこんなこと」
「そ、それは……しょーがないじゃん! うちの学科、男子いないんだもんっ。出会いくらい求めたっていいっしょ!」
「はぁ……彼氏だ彼女だなんのって……何て浅はかな兄妹なの……」
「はぁ? そういうリコこそ何をそんなに張り切っちゃってんの? こんな番組に出て何が目的なわけ?」
おいおい華乃、そんなのリコのことを知ってる俺たちなら考えなくてもわかるだろーが……。
「そんなの決まっているでしょう! わたし海老沼紫子は、この番組を踏み台にして絶対芸能界でブレイクしてやるのよ!」
一言一句俺の想像通り高らかに宣言したリコに、華乃が首を傾げる。
「ブレイクって……たった一つの深夜番組に出るってだけの話じゃん……まぁ無名芸人のリコにとっては大きい話なのしれないけど。にしても大げさじゃんね」
そうか、こいつリコのことは知ってても、この番組のことはマジでほとんど何も知らねーんだな。ホント何で応募したんだ。
「芸人じゃないわマルチタレントよ。あのね、華乃。この番組の影響力を舐めてはいけないわよ。確かに深夜番組ってこともあって視聴率自体は高くないけれど、世界中にネット配信もされているし、若者の支持率は驚異的なのよ。しかも『おしゃれ』で『流行に敏感』な若者のね」
「……拡散力がハンパないってこと?」
「そう。この番組で『良い登場人物』になれれば必ず業界人の目に入る。知ってさえもらえれば、このわたしと仕事をしたくならない人間なんていないでしょう?」
「え、あたしリコのことめっちゃ知ってるんだけど」
「あなたは業界人じゃないでしょう。とにかく実際この番組に出演したことで芸能界デビューした素人、大ブレイクした芸能人はたくさんいるの。わたしもこの番組で自分の魅力をアピールするつもりだったのよ――だというのにっ! 何なのよいったい!? 何でメンバーが全員幼なじみなのよ!? こんなのバレたら企画ごと潰れちゃうじゃない! メンバー総取り替えよ! 出演取り消しじゃ済まない。番組に大迷惑かけて、テレビに出たこともないのにテレビ界でのわたしの印象ガタ落ちよ!? 潤う前に干されるってどういうこと!? うまい棒の干物作ってるようなものよ!? そんなもの未来永劫一本も売れるわけないでしょう! 大チャンスのはずがもはや大ピンチよ!」
「知らないから。あたしやお兄だってこんな状況驚いてんだから……」
頭を抱えて嘆くリコ。疲れ切った様子で嘆息する華乃。
だが、ちょっと待て。これは考えようによっては……、
「なぁ、リコ。逆に言えばこれは、お前の理想通りのシナリオを展開できるってことなんじゃねーの? お前の幼なじみである俺たちなら、見ず知らずの男女六人のふりをして、お前を立たせるための演技ができる」
「は……っ!」
目を見開くリコは顎に手を当て、
「確かに……実際さっきまでのやり取りがそうだものね。打ち合わせゼロでいきなりあれだけのことが出来た……これからはもっと『わたしが魅力的に映る』よう皆に演じてもらえば……普通に『メゾテラ』に出る以上に人気者になれるわね! つまり売れる!」
「いやいやいや何言ってんのお兄、リコっ! それってやらせってやつじゃん!」
「いや別にやらされてるわけじゃねーしな。俺たちが自主的にやるだけだ。まぁ確かにバレたらヤベーじゃ済まねぇし、制作側が薄々勘づく可能性も低くないだろうな」
「じゃあ……」
「だが、そこは違和感のないように編集してくれるはずだ。このメンバーのまま番組を続けたいのはプロデューサーやディレクターも同じだ。はっきりと『実は知り合い同士です』『初対面の演技をしてます』『台本があります』と伝えてしまったら、向こうも続けることはできなくなる。その瞬間に『責任』が生まれてしまうからな。だがこれは全て演者が勝手にやってることだ。制作側は『何も知らない』体(てい)で撮影し続ける」
「要するに、忖度してもらうってこと……?」
「あくまでも最悪の場合な。当然制作側にも気づかれないのが一番いい。カメラの前で堂々と演技の打ち合わせするなんてのは絶対NGだ」
「いい……いいじゃない……いいわね! これはわたしにとってとてつもない幸運よ! わたしが輝くように思いっきりやらせして最高の番組を作りましょう!」
「はぁ? てかそもそも何であたしがリコに協力することが前提で話が進んでんの? こんなのに参加できるわけないじゃん。もうあたし『全員知り合いだった』って連絡して帰るよ」
「待ちなさい華乃! あなた、ほら。そう、大学のギャル友達とかに自慢できるわよ!?」
「ギャル友達なんていないし」
「あー……そうよね、あなた友達が」
「友達はいるしっ、てかうまい棒に言われたくないっ。お兄も帰るよ!」
「いや待ってくれ待ってくれ。俺も実質、会社の代表として来てるからよ……」
「そ、そうよっ! ここで失敗したらお兄の出世に響くわよ!? キャリアの命運がかかっていると言っても過言じゃない。当然一緒に暮らすあなたの生活にも大きな影響が出るわ!」
「うぐ……っ、お兄マジでやる気なの?」
「おう……」
リコの言う通りだ。
散々リコのためのようなことを言ったが、ぶっちゃけ全部自分のためだ。彼女を作るチャンスは無くなってしまったが、まだ俺には大きな利益が残っている。会社の看板を背負って人気番組で活躍できれば、社内での俺の株はうなぎ登り間違いなし。
中卒の俺が人生逆転できる機会なんて二度と来ねぇ。
逆にここで失態を起こしてしまえば、もう会社に俺の居場所はない。
リタイアなんて選択肢は元からないのだ。
久吾・ヤエちゃん・ジンジンだって何かしらの目的があったからこそ参加しているわけだ。さっきまでの態度を見た限りでも、少なくとも撮影を続ける意思は感じられた。あの三人だって番組が潰れることは避けたいはずだ。
「どうしてもと言うのならあなたが抜けること自体は甘受するわ。でも番組は壊さないで。わたし達の関係はバラさないで。消えたいのなら一人で消えればいい。わたし達を巻き込まないで。この番組には『卒業』という制度があるわ。出演者の意思でいつでも共同生活をやめて番組を降りることが出来る。卒業したメンバーの代わりに新しいメンバーがこのシェアハウスに入居する。そうやってちゃんと正規の方法をとってくれるのなら、番組も続けられてわたしやお兄のキャリアにも傷が付かない。どころか、むしろお兄にとっては実の妹なんかがいるより新メンバーの女性が来てくれた方がありがたいでしょう。念願の彼女まで出来るかもしれないのだし」
「……いや別に本気でやめるとか言ってるわけじゃないし。お兄が稼いでくれなきゃあたし大学にも通えないし、まともに生活もできないし。それにタダでこんなとこ住める機会なんて逃すわけないじゃん」
なんて言いながらも俺を睨んでくる華乃だが、まぁ受け入れてくれたのなら良かった。
「じゃあさっそく恋愛リアリティショーらしい良いシーンを作っていくわよ。この後は男子部屋・女子部屋にそれぞれ分かれましょう。もちろんそこでもカメラが回っているわ。まぁあの三人は頭もいいし、この状況も理解してくれているでしょうから大丈夫でしょう。それではお兄。わたしと暮らす男達にふさわしい、胸がキュンキュンするような男子トーク、頼んだわよ!」
「おう、任せとけ!」
「ホントもうやだこの二人……」
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