第2話
「はぁ……初めまして。そこに座って……」
さすがに疲れ切った様子のリコに促され、戸惑いながらも華乃が俺の右に腰掛ける。
これでついに六人が揃った。
俺と華乃からしたら兄妹+四人の幼なじみ。あとの四人からしたら全員が幼なじみということになる。
「――てっ」
またもやリコに脛を蹴られる。
ああ、そっか、華乃に何とかこの状況を伝えろってことか。確かに隣に座る俺が一番近いし、華乃の体でカメラからも隠れやすいもんな。耳打ちできんのは俺だけだ――って、こいつ――、
「こら華乃キョロキョロすんなっ、全部偶然なんだっ」
こいつ、めっちゃキョドってやがる!?
眉をひそめて部屋中を見回し、俺たち五人に説明を求めるように怪訝な視線を送ってくる。
「あなたもついさっきまで全く同じだったわよ」
やはり隠れながらの耳打ちだけじゃ限界がある。こうなったら……。
いいか、華乃。俺たちが今やってるのはこういうことなんだ。伝われ!
「は、ハハハ。どうしたんだ、そんなに険しい顔して俺たちを見つめて。好みのタイプの男子がいなかったのか?」
「ああ?」
ああ? じゃねーよ! ダメだこいつ何も理解してねぇ!?
「とにかく初対面のふりしろっ」
結局小声トークに切り替えた。
「嘘っしょ……? これ続けなきゃなの……? いてっ」
リコに蹴られた俺の右足がそのまま流れて華乃の脛に直撃する。俺まで痛い。
華乃がリコを睨みつけると、リコが釘を刺すように鋭く睨み返す。挟まれる俺の身にもなれ。
しかしその甲斐もあってか、ようやく華乃も足並みを揃えてくれたようだ。頬杖ついて不機嫌そうにしながらも、とりあえず静かに座ってくれている。
「じゃあ全員揃ったことだし、改めて自己紹介をしましょうか。ではわたしから」
コホンと咳払いを入れ、リコが続ける。
「宇都宮大学二年の海老沼紫子よ。二十歳。東京の芸能事務所に所属してタレント活動もしているわ。今は勉学に集中しているから、まだあまりマスメディアには出ていないけれど」
あまりっていうか全然だろ。メディアどころか公民館でしか見たことないぞ。
海老沼紫子、リコ。
実家はうちと隣同士で誕生日も俺と八日違いだから、この中でも付き合いは一番長い。
色素の薄い滑らかな肌、小さな顔にバランス良く配置されたパーツ。かっこつけてクールな雰囲気出したがる癖に表情豊かに見えてしまうのは、パッチリ二重の目力が妙に強いからだろう。
要するにルックスはかなりいい方なんだろうが、小さいころから見ているのでなかなか客観的な見方は難しい。でもまぁ一応タレントやってるんだし、というかいろいろポンコツなのに仮にもタレントやれてんだし、まぁ美人なんだろうきっと。
「ちなみに周りからは『リコ』とか『リコちゃん』って呼ばれているので、みんなもそう呼んでくれると嬉しいわ」
いやお前のことリコなんて呼んでんの俺らだけだろ。お前絶対大学とかで海老沼さんって呼ばれてるだろ、と思ったが――なるほど、そういうことか。
この段階で普段の六人間での呼ばれ方を自分から宣言しちまうんだな。
そうすれば違和感なく普段通り呼び合えるってわけか。呼び名でボロが出ることがなくなる。初対面からいきなり「リコ」とか呼んでたらおかしいもんな。
みんなに目配せをしてみる。よし、リコの意図は全員に伝わっているようだ。
「うむ、ハキハキとした良い挨拶だったな。よろしくな、リコちゃん。では、時計回りでいこうか。次は私だな」
リコの正面に座るその人が黒髪ロングヘアをサラッと払って立ち上がる。
「東京大学三年、生田目綾恵、二十一歳だ。『綾恵』と呼び捨てしてくれてもいいし、親しい友人なんかには『ヤエちゃん』と呼ばれることも多いな。好きなように呼んでくれて構わない。よろしく」
整った顔立ちに切れ長の目。昔から本人は気に入ってないようだけど、泣きぼくろも似合ってると思う――ヤエちゃんは170センチの長身を凜とした所作で折り曲げ一礼し、奥ゆかしく着席する。
さすが昔から頼れる俺たちのお姉さん。全くボロを出さなかった。
ただ何か……あだ名のセンスが被ってんだよなぁ……紫子をリコで綾恵をヤエって絶対考えた奴同じだろ。具体的にはたぶん俺だろ。うん俺だ。
さすがにこんなとこから知り合いであることを疑われたりはしねぇだろうけど……。気になりだしたらキリがねぇなこれ……。
「じゃあ次は僕が――」
「いやいやちょっと待ってちょっと待って」
次に移りかけた自己紹介大会をリコが慌てて遮ってくる。
ん? どうしたリコ?
「いや東京大学!? 東大生!? 凄いじゃないヤエちゃん。あとで勉強を教えてくれると嬉しいわ。将来的にはクイズ番組なんかでも活躍したいと思っていたの。フフ、東大生とお近づきになれるなんて、あまりに驚きすぎて反応が遅れてしまったわ」
「あっ」
と声に出してしまったのは俺だけじゃなく、リコ以外全員だ。つまりヤエちゃん本人も。
ヤバい、そうだった。東大生を名乗られたらそれなりのリアクションを返さなければいけないのがこの国のルールだった。スルーしちまうなんてあまりにも不自然極まりない。
でもしょうがねーじゃん、だって知ってんだもん!
ヤエちゃんが東大生であることを知ってるっつーか、もうガキのころから「ヤエちゃんは東大に行くんだろうなー」とみんな当たり前のように思っていたのだ。そりゃ今さらリアクションなんて取れねーよ。そんでヤエちゃんボロ出しまくりじゃねーか。「あっ」じゃねーよ。
「ハハ、凄いね東大かー。ちなみに僕も二十一歳なんだ。せっかくだから僕は『ヤエちゃん』じゃなくて『綾恵』って呼ばせてもらおうかな」
「ああ。もちろん構わんぞ」
「ありがとう。じゃあ時計回りってことは綾恵の次は僕だね。青山学院大学三年、宇賀神仁。『ジンジン』って呼ばれてるよ。よろしくー」
ヤエちゃんの隣、俺の正面。
ジンジンがいつもの柔らかい微笑みと柔らかい口調で名乗る。
立ち上がるとスラッとしたモデル体型が際立つ。確か185センチぐらいあるんだっけか。ふわくしゅパーマのかかったマッシュ系のブラウンヘアー。俺が憧れたシティボーイになってるっていうか、モテてんだろうなぁ、東京で。マジでこの番組でよく見るもん、こういう人。
「じゃあ次はオレですね。阿久津久吾、十九歳です。県内の独立リーグのチームでピッチャーやってます。呼び方は『久吾』でも『久ちゃん』でも。よろしくです」
ジンジンの隣、久吾がガキのころからの丁寧語でペコリと頭を下げる。
身長は俺より少し低いくらいで年も一つ下だが、均整のとれた筋肉質の体躯と日焼けした肌、彫りの深い顔に堂々とした態度がこいつを大人っぽく大きく見せる――が、無邪気そうにニカッと笑った顔は今でも昔と変わらず可愛い。
「はぁ……じゃ、次はあたしがやんのね」
「いやちょっと待て」話し出した華乃に、俺は慌てて口を挟む。「独立リーグってのは何だ? ピッチャーってことはプロ野球選手なのか、久吾は?」
「あ、ああ、そうですよね、説明しなきゃわからないですよね」
あっぶねー、同じ過ちを繰り返すところだった……。
久吾が所属してるから俺たちは当たり前のように知ってるけど、普通の人は独立リーグなんて言われてもピンと来ないはずだ。初対面の人間がスルーしちまったら不自然だ。
「ナイスプレーね。いい送りバントだったわよ」
リコがこしょこしょっと褒めてくれるが、送りバントかよ。自分的にはタイムリーツーベースくらいのつもりだったんだが。
「プロはプロなんですけど、所謂みなさんが思い描くプロ野球――巨人とか阪神とかの十二球団が所属するNPBとは別の組織が運営してるリーグなんです」
俺の質問の意図を瞬時に汲み取ってくれた久吾が説明を続ける。
「だから給料もかなり低くて、今みたいなオフシーズンは自主トレしながらバイトって感じです。オレ含め、NPB入りを目標にプレーしてる選手がほとんどですねーやっぱ」
「格好いいわね。そうやって夢に向かってひたむきに頑張ってる人って憧れるわ。シーズンが始まったら皆で応援に行きましょうね。じゃあ次は
リコに促されて、華乃が爪をいじりながら面倒くさそうに話し始める。
「はいはい……鈴木華乃。じゅうは、じゃないや、昨日で十九歳になったね、そういや。こっから車で三十分くらいんとこにある福祉大の看護科一年。あだ名は特にない。普通に『華乃』でよろしく」
華乃……こいつだけは明らかに乗り気じゃないな。完全にふて腐れてやがる。
だいたい何で参加すること俺に言わなかったんだよ。まぁ俺も華乃に隠してたから人のこと言えないが……。
ちなみにリコに黙っていたのは、オンエアで初めて知らせて驚かせて悔しがらせて高笑いしながら自慢しまくるためである。こいつの反応が俺にとって面白いからである。リコが俺に黙っていたのも絶対俺と全く同じ理由である。俺の反応がリコにとって面白いからである。
「じゃあ、最後はあなたね。よろしく」
「おう」
リコから『妹が壊した雰囲気くらい何とかしなさいよ』と視線で受け、勢いよく立ち上がる。任せとけよ。俺を誰だと思ってんだ。
「鈴木丈、二十歳です。サガワ引っ越しセンターの宇都宮支所で働いてます。あーそうそう、今みんなが思った通りだ。ぶっちゃけ番組スポンサー枠で採用されてここに来ました。ヘヘヘ、いやー言っちゃマズかったかな? 後でめっちゃ怒られっかも。いやーしかし俺なんかがこんな家に住めるなんて、サガワ入って良かったって初めて思ったぜ、ヘヘヘ」
どうだ、「おいおいそれはダメだろー」的な感じで盛り上げてくれ!
「そんな言い方してはいけないわ。サガワ引っ越しセンターは引っ越し業者最大手の老舗企業。安心安全をモットーに長年培ってきた経験は競合他社には決して真似できないものなのよ。それにお客様満足度も八年連続ナンバーワンなんですって。わたしも進学で宇都宮に引っ越してきたとき利用させて頂いたけれど、早くて安いだけじゃなく、ホスピタリティ溢れる仕事に本当に感動したわ。初めての一人暮らしで抱いていた不安も全て吹き飛んで、新生活の素晴らしいスタートダッシュを切ることが出来たの。来月から卒業・引っ越しシーズンが始まるけれど、引っ越し会社はサガワ引っ越しセンターに決まりね!」
リコてめぇ、あからさまに媚びてんじゃねーよ! 自己紹介よりスポンサー企業紹介のほうが長ぇじゃねーかお前! CM狙ってんのか!? あざとすぎて逆効果だぞそれ!?
「えー、まぁ、じゃあ、こんな感じで……。確かに引っ越しシーズンは忙しいかもしんねーけど、できるだけこの家にいたいと思うんで、まぁよろしく」
ま、こんなところか。
「え、あだ名は? みんな発表しているのだけれど。わたし達はあなたを何て呼べばいいのかしら?」
てめぇ……リコ……口元がにやついてんだよ!
「いやー特にはねぇけど……」
「でもせっかくですし。何かありますよね。例えば小さい頃からの友達とかからには」
久吾までそっち側に付くのかよ……?
仕方ねぇ……もしこいつらがついポロッと漏らしちまったら明らかにおかしなことんなる。こっちから教えでもしなかったら初対面の相手があんな呼び方するわけねぇんだから……。
「お、お兄……っ」
「え? 何かしら。よく聞こえなかったわ」
「『お兄』って呼ばれてる……妹が昔から俺をそう呼んでたから、周りみんなにもそれが移っちまって……」
クソ……これ会社の人間も見るんだぞ……? 俺のイメージ崩れるだろーが……。
「年上からもお兄って呼ばれてるってことかな? じゃあ僕も『お兄君』呼びでいいよね」
「それは面白いな。私も『お兄』と呼ばせてもらうことにしよう」
いやお前ら二人のことだろ、年下をお兄とかお兄君とか呼び続けてきた変人は。何笑ってんだ。
「ふっ、いいニックネームじゃない。よろしくね、お兄」
肩をピクピクさせて笑いを堪えるリコ。
そんな四人の反応を半眼で見て、華乃は舌打ちをする。
おいおい、大丈夫か? 一人でも非協力的な奴がいたらこんな企て成功するわけねぇんだぞ?
懸念を視線で伝えると、リコは微かに頷いて、
「じゃあ自己紹介も終わったことだし、とりあえず一旦、男子部屋・女子部屋で荷ほどきでもしましょうか。あ、その前に。後から来た二人、お兄と華乃はまだ家の中を全然見ていないでしょう? わたしが軽く案内するわ。ついてきて」
「あ、ああ」
久吾・ヤエちゃん・ジンジンの三人が荷物を持って階段を上がっていくのを横目に、リコが問答無用でオリエンテーションを始める。
まるで自分の家かのように迷いなく廊下をズンズンと進んでいくリコ。各部屋の説明をしていく際、さり気なく視線でカメラ位置を俺と華乃に伝えてくる辺りも抜け目ない。かなり早く到着して、家中を調査済みなのだろう。
「ふー、こんなとこかしら。ああ、あとはトイレね」
「いやトイレならもう見ただろ。二階に一つと一階に一つ」
「いえ、一階にもう一つあるのよ。……ここ、ほら来て」
「え、入んの?」
「いいから。掃除のやり方とか説明していなかったわよね。わたしトイレ掃除にこだわりがあるのよ」
「あ、おい」「めんどくさ……」
華乃と一緒にトイレへと引きずり込まれてしまう。
扉が閉まる。狭い個室に俺と華乃とリコ、すしづめ状態で三人向き合う。
「「「……………………」」」
トイレまでスタイリッシュであることに何かもう腹が立ってくる。でもおしゃキラではねーな。いやさっきまでの俺だったらおしゃキラに見えてんだろうが、こいつらといるとどんなにオシャレだろうとトイレはトイレにしか見えない。だってトイレだし。そういや玄関に並んでた靴も今思えば全然おしゃキラじゃなかったな。おしゃキラハウス効果で何でもおしゃキラ錯覚してたわ。たぶんうまい棒とかもおしゃキラに見えてたと思う。てかおしゃキラって何?
なんて考えていた数秒の間の後、
「なんっっっなのよこれ!!」
リコが吠えた。
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