恋愛リアリティショーでシェアハウスに集められた男女6人が偶然全員幼なじみだったけど番組を成り立たせるために初対面のふりして突き進んだ結果

アーブ・ナイガン(訳 能見杉太)

第1話 メゾン・ヌ・テラス

「うわー……おいおいおい……」


 思わず唸ってしまう。

 静かな森の中に佇む、木造一戸建て。黒を基調としていて、シックでモダンなのに自然素材の温かみも感じられる。

 正直ちょっと舐めてた。

 庭は軽く二千平米、建物自体も、二階建て2LDKと聞いてイメージしていたよりも一回り以上広そうだ。

 午後の穏やかな木漏れ日を浴びて俺の気分もさらに高揚してくる。夏の避暑地として有名だけど二月の那須高原もやはり良い。

 こんなところに今日から住めんのかよ……。


『メゾン・ヌ・テラス』――通称『メゾテラ』。

 若者に人気の恋愛バラエティ番組だ。見ず知らずの男女六人がひとつ屋根の下で共同生活を送る様を放送するというリアリティショーである。


 その新シリーズに俺は今日から参加する。


 十八歳でド田舎から県庁所在地(宇都宮は俺からしたら大都会だ)に出るも、夢見たシティライフなんかはどこにも待ってくれちゃいなかった。結局安アパートで妹と二人暮らし、引っ越し屋の仕事と家事に追われるだけの代わり映えしない毎日を二年間も続けちまった。


 でも今日からは違う。全てがガラッと変わる。

 おしゃれな家でおしゃれな仲間に囲まれて、キラキラとした恋と友情を育んでいくんだ!


「いや、いかんいかん。興奮しすぎちゃいけねぇ」


 深呼吸し、高鳴りすぎる胸を抑える。


 今、もう既に、俺は撮影されている。

 カメラマンは見受けられないが、何台ものカメラが様々な方向から俺を捉えている。この綺麗な芝生に足を踏み入れた瞬間から俺はもうこの番組の登場人物になったのだ。収録は始まっているのだ。

 共に暮らす五人相手にはもちろん、視聴者にとっても好感度の高い人間でなければならない。

 何の取り柄もない俺だけど、せめて不快感だけは与えないようにしよう。俺自身この番組の一ファンとして、子どもっぽい出演者は好きじゃなかった。落ち着いた、大人の男性らしく振る舞おう。


 決意を胸におしゃれでキラキラとした玄関を開けると、四足のおしゃれでキラキラな靴が礼儀正しく俺を出迎えてくれた。

 もう既に四人は来てるってわけか。

 何もかもがおしゃキラな廊下を進み、おしゃキラ感ビンビンなダイニングキッチンへの扉に手を伸ばす。


 七歳くらい年上のバリキャリの女性がいたらいいな……いやそんな人は忙しくてリゾート地に何ヶ月も住めるわけないか……まぁ年齢も職業もどうだっていい。

 ここにいる人たちは間違いなく俺に新鮮な体験を恵んでくれる方たちなのだから!


 二十年間決して出会うこともなかったおしゃキラでハイスペックな男女に囲まれて、二十年間決して味わうことなんて叶わなかった刺激的な生活がこの扉の先に待っている!

 ああもうそんなことよりも何よりももう――彼女! 彼女がほしい! 未来の彼女がこのドアの向こうで俺を待ってくれているんだ!


 ドアノブを捻り、遂に夢への扉を引き開ける。


 さぁ初めが肝心だ! この方たちと違って俺には何もない。せめて明るく元気な挨拶で最高の第一印象を掴んでやるぜ!


「初めまして! 鈴木丈と申しま――…………は?」


 は……? え……?


 予想だにしなかった光景に唖然とする俺に、男女四人がおしゃキラ北欧チェアから勢いよく立ち上がるや否や駆け寄ってきて――矢継ぎ早にまくし立ててきた。


「初めましてだね! 宇賀神うがじんひとしだよ! 君は見たところ二十歳くらいかな。偶然だね、僕も二十一歳なんだ! みんな二十歳前後みたいだよ。これって凄い偶然だよね!」

「初めまして! 生田目なばため綾恵あやえだ! 君の身長は175センチくらいかな? 偶然だな! 実は私も170センチあるんだ!」

「初めましてですね! 阿久津あくつ久吾きゅうごです! 今のところ全員日本の方みたいですよ! こんな偶然ってあるんですね!」


「い、いや、何して、」

「「「ほんっと偶然だなー!」」」


 何してんだお前ら!?

 ――という俺の言葉は、その三人の息の合った大声に押しとどめられてしまった。


 いやいやいやホント何してんだよお前ら……!? 偶然偶然って、何をそんなに……てか怖ーよ、マジで怖ーよ、この意味不明な状況以上にお前らのその顔が!


 爽やか笑顔で手を差し伸べてくるその三人の目が全く笑っていないことが俺にはわかるのだ。わかるっていうか正しくは、「知っている」のだ。

 なぜなら――、


「は・じ・め・ま・し・て! 鈴木くん、だったかしら。わたしは海老沼えびぬま紫子ゆかりこ。大学に通いながらタレント活動をしているわ。この番組がずっと大好きで、出演するのが夢だったの! わたし人見知りだから初対面の方と生活するなんて不安もあったのだけれど、偶然にもこんな素敵な人たちが集まってくれていて安心したわ! みんなで協力して絶対素敵な『番組』にしましょうね! さぁ、突っ立っていないで、ほら、私の隣の席が空いているわよ。ここに座って早速みんなで自己紹介をしましょう?」


 いや自己紹介って、今さら何を紹介し合うっつーんだよ。


 大きな両目をギラギラと煮えたぎらせながら問答無用で俺の手を握ってくるこの黒髪ミディアムヘアの小さな女が――女っていうか海老沼紫子が――海老沼紫子っていうか「リコ」が――なぜここにいるのか、俺には全く理解できない。


 お前はこの家に、俺の恋愛リアリティショーの舞台に、一番いるはずのない人間じゃねーか。


 だって俺たちは、いまこの家の中にいる全員が、――誰よりもお互いを知り尽くしている――生まれたときからの幼なじみなんだから。





「わたし達だって驚いているの。あなたも演じなさい」


 その右隣に座る際、消え入りそうな声でリコが囁いてきた。

 六人掛けのダイニングテーブル。対面に座る三人も視線でリコに同意を示してくる。


 この四人の態度から読み取ると、要するにこの四人も互いが互いにこの番組に参加することを知らぬまま、偶然にもこの場に集まってしまったということだろう。

 何だそれ、そんなことあり得んのかよ……。

 オーディションにどれ程の応募があったかは知らんが、採用された6人中5人が幼なじみなんてどんな確率なんだ。リコ以外の三人に関してはこの番組に興味があったことすら知らなかったぞ。


 まぁとにかく実際起こってしまっていることはとりあえず受け入れるしかない。問題なのは……。


「~~~~っ!」

「キョロキョロしない」


 微かな声と共にリコに脛を蹴られる。踵で絶妙な所に当ててくるため地味にかなり痛いが、確かにリコの言うとおりだ。


 俺たちのこの姿は四方八方から撮影されているのだ。

 ディレクターやカメラマンなどの制作・技術スタッフは現在のところ一人もいないようだが、カメラは至る所に設置されている。

 特に俺の右側の壁には、さっきこの部屋に入ってきた扉側に向けて、(出演者には)隠すつもりもさらさらないようなおびただしい程の撮影機器が備え付けられている。この場所この方向の絵面が最もよく使われる、番組のスタンダードポジションになるのだろう。


 そして、この四人はこのカメラの向こう側――視聴者や制作陣――を欺こうとしているのだ。「恋愛リアリティショー」を成り立たせるために。自分たちが初対面である演技をすることによって。

 そしておそらく、というか間違いなく、この状況を取り仕切っているのはこの女、海老沼紫子――リコだ。

 他の三人もリコの言外の圧力によって俺と同じように考え、同じ結論に達し、俺と同じようにこいつに従ったのだ。

 リコがこの番組を成功させたい理由が俺たちにはわかる。ここまでの態度でリコの本気度も伝わってきている。この先のことまではわからないが、ひとまずは協力するという選択が最善だと三人も判断したのだろう。


「あのー、詳しい自己紹介はもう一人を待ちませんか。二度手間になっちゃいますし」


 俺の右前に座る短髪細マッチョ――久吾がおもむろに切り出す。


「いやでも……別にいいんじゃないかしらね……」


 久吾の提案は尤もなようだが、リコは煮え切らない反応を返す。

 リコ的にはもう一人が来る前に、五人でできるだけ意思疎通・目的の共有をしたいのだろう。

 そう、俺たちが騙さなければならないのは、カメラだけではなく、もう一人の参加者もなのだ。

 五人の方向性が定まってもいない状況で、もう一人、正真正銘見ず知らずの他人をどう迎えればいいのか。そいつが来てしまえば今のリコのようにコソコソと俺に耳打ちすることもできなくなる。この五人の企みは瞬く間に破綻する。

 まさか最後の一人まで幼なじみってことはあり得ねぇし。まぁそもそも俺が幼なじみと呼べる人間なんてこの四人だけだしな。


 だが。事ここに至ってさえもまだ、俺は少しだけワクワクしちまっている。


 だって、あと一人は女子なんだ。今度こそ会えるんだ。普段の生活では絶対に関わることもないようなオシャレでキラキラしていて夢と希望と才能に満ちあふれた素敵な女性が。素敵な同居人が。素敵な彼女候補が!

 すまん、リコ。番組が成立するかどうかというこんな状況に陥ってもなお俺は刺激的で新鮮な出会いを期待せざるを得ないんだ。

 だって嫌だよこんなの! こんなのってないよ! 何だよ6人中5人幼なじみって!? こっちは恋愛しに来てんだよ! 一番恋愛するわけねー奴らが集まってどうすんだよ!

 最後の一人にくらい期待したっていいだろ? さぁ来い、理知的で包容力のある年上の女性!

 今度こそ開いてくれ、未来への扉よ!


 その瞬間、ガチャっという音とともに、ダイニングの扉が開け放たれた。ためらいを全く感じさせない勢い。数分前の俺は恐る恐るそのドアノブを捻ったものだが……そうか、今そこに立っているのは物怖じのしない強気なタイプの女性なのだろう。

 良い。理想とは若干ズレたがそれはそれで良すぎる。

 きっとそこには衝撃的なほど綺麗で可憐でキラキラと眩しくて直視できないような女性が、


「どーも。あたしが最後みたいだね。てかみなさんが早――――え?」


 サラサラとした金髪ショートカット。丸くて大きな両目を支えるぷっくりとした涙袋。透き通るような肌に纏っているのは渋谷系のギャルファッションで。全体的に派手な印象だが、どこかアンニュイな雰囲気も醸し出している。


 ああ、よかった。やっぱり幼なじみじゃなかった。

 それに客観的に見れば、俺が期待した通りの綺麗で可憐な女性なんだろう。

 客観的に見られるのなら、の話だが。


 なるほどなるほど、そう来たか。

 あまりの衝撃に、俺は思わず両手で顔を覆って呟いちまった。


「――妹じゃねーか……」


「え……何でみんな……なに、どゆこと……?」


 華乃かの……お前今日から実家帰るって言ってただろうが……。


「あり得ないわ……」


 リコが呟き、他三人も項垂れるように頷く。


 おい、これ完全に……ガキの頃からいつも一緒にいたメンツじゃねーか……村にたった六人しかいなかった同世代が全員揃っちまったじゃねーか……新鮮で刺激的な共同生活どころか、慣れ親しみすぎて退屈でしかない最早ただの里帰りじゃねーか!


「つーか……俺の初彼女は……?」


 こうして。

 めっちゃ顔見知り、というか顔どころか――趣味嗜好も、親の旧姓も、くすぐられて弱いところも、かなりの猫舌なことも、最後におねしょした年齢も、未だに残ってる蒙古斑も、持ってるアレルギーも、ボールペンをおでこでノックする変な癖も、本当は誰にも知られたくないコンプレックスもトラウマも――あれもこれも知り合い尽くした六人による、「見ず知らずの男女六人」になりきった、おしゃれでキラキラな共同生活が始まった。

 始まっちまったよ、マジで……。

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