第18話

 皆して酷いぞ、私を仲間はずれにして……。


 女子部屋に誰もいなかった時点で予想はついていたが、リコちゃんと華乃ちゃんは男子部屋にいた。というかお兄のベッドに潜ってお兄とモゾモゾしていた。

 君達な……本当に何も学ばないな……。

 つい先ほどの華乃ちゃんの「お兄とセックスした」発言だってそうだ。「お兄に恋する女子」を演じるための大嘘だということは当然分かっているが……いくら何でもやり過ぎである。


 それにしても華乃ちゃんがやる気になったということは、リコちゃんのシナリオに協力出来ていないのは私だけになってしまったな……。

「年上女子として久ちゃんを誘惑する」か……無理に決まっているだろう。

 久ちゃんがどんなに格好いい大人の男になっていると言っても、私には弟の成長を見守るような微笑ましさしか感じられないのだ。

 やはりどうしたって久ちゃんに迫るなんてあり得ない。リコちゃんに謝って、この作戦からは降ろさせてもらうとしよう。


 だいたいにして、リコちゃんや華乃ちゃんのような演技なんて私に出来るわけがないのだ。というか二人もやめるべきだし。リコちゃんも華乃ちゃんもまるで淫乱みたいだぞ?

 お兄は論外。女子二人をベッドに連れ込んでモゾモゾなんて最低のゴミクズ男である。まぁバカだから大して深く考えもせずにやっているのだろうが。本当にバカだな。人に見られて勘違いされるような行為を何故するのだろう。本当にアホだな。


 さて、それはそれとして私はどこで寝ようか。

 当たり前だが、男子部屋には寝床は三つしかないし、どれも埋まっている。五人が同じ部屋で過ごしているというのに、自分だけ女子部屋で床に就くなんて寂しいし……うむ、致し方ない、


「久ちゃん、私も君のベッドで同衾させてはもらえないだろうか?」

「えー……ジンジンのほう行ってくださいよー……」

「ジンジンは……ジンジンは寝相悪いから嫌なんだ……。なぁ、昔はよく添い寝で寝かしつけてやったではないか、あっ、いや、弟をな! 昔はよく幼い弟と添い寝をしていたから、君みたいな年下男子が隣にいると落ち着くのだよ!」


 危ない、危ない……「昔は」なんて言ってはいけないのだった……気を付けよう。不要な言葉は使わないようにしよう。まぁ、久ちゃん達との意思疎通は言葉をかなり省略しても十分可能だしな。


「もー、しょうがないですね……」

「やったっ、愛してるぞ久ちゃんっ」

「そっすか」


 お言葉に甘えて久ちゃんの隣に入れさせてもらう。

 同じマットレスの上で同じ掛け布団を被り――私に背中を向けて寝る久ちゃんの方を向き、


「うむ、暖かいな! お、久ちゃん背中ひろー。うりゃうりゃっ」

「なにテンション上がってんですか、猫パンチしないでください。ウザいんですけど」

「どうしたんだ、そんなに拗ねて。……華乃ちゃんか?」

「…………ウザいんですもん、あいつ。たいして試合も見に来ないくせに口ばっか出してきて……」


 珍しい、というか、懐かしいな何か。

 今では滅多になくなったが、昔はしょっちゅう喧嘩をしていたもんな、久ちゃんと華乃ちゃんは。


 こんなに落ち込んでいる久ちゃんは久しぶりだ。

 四ヶ月前、そして一年四ヶ月前。二年連続でのドラフト指名漏れの際でも、悔しがりこそすれ、君は決して下を向かなかった。強い意志を見せ続けていた。

 それなのに今はとても悩んでいる。顔を見ずとも私にはわかる。


 上手くいっていない――わけではない。むしろ、非常に「巧く」いっているのだ。それなのに、夢には届かない――。


 そんな最中で華乃ちゃんに言われた言葉が胸に突き刺さってしまったのだろう。

 華乃ちゃんだって悪気があったわけではないのだろうが……まぁ気兼ねがないのが二人の関係の良い所だ。

 二人にはこれからもずっと、お互い遠慮することなく気持ちをぶつけ合える仲でいてほしい。


 その結果こうやって久ちゃんが傷ついてしまったのだとしたら、私が慰めてあげればいいだけなのだから。

 むしろ私には、華乃ちゃんが君にあげるように、君に何かを与えてやることなど出来ない。お姉さんぶっている癖に、君のために出来ることなんて何一つないんだ。せめて背中ぐらい押させてくれよ。


「久ちゃん。服、脱いでくれ」

「は? ……嫌です、脱げないです、意味がわからないので」


 振り向いた久ちゃんは目を丸くしていた。

 ふふ、恥ずかしがって。懐かしい。子どもの頃に君をお着替えさせてあげていた時も、そうやって一丁前に恥ずかしがったりしていたよなぁ。そうか、一緒におねんねしていることで君も童心に返っているのだな。ホント可愛いな君は。


「よーし、私が脱ぎ脱ぎさせてやるとするか!」

「あ、ちょ、やめ」


 仰向けにさせた久ちゃんに馬乗りになり、ジャージを脱がせ、Tシャツを剥ぎ取り、ズボンを引き抜き――パンツ一枚にさせる。

 あ、私が誕生日にプレゼントしたトランクスではないか。絶対ボクサーブリーフなんかよりこちらの方が投球に適しているはずなのだ! ふふ、そうかそうか、役に立っているのだな、私があげたものが。


 うーむ、何か楽しくなってきてしまったなっ!

 自然に「ふんふふーん♪」と鼻歌が漏れてしまう。


「あー……そういうことですかヤエっちゃん……でもちょっとやり過ぎだと思いますよ……華乃の影響ですか?」

「そうだ、そういうことだ♪ 華乃ちゃんに傷付けられた久ちゃんをお姉さんが慰めてやるぞっ♪」

「慰め、って……いやいやそういう感じはさすがにちょっと、って、あっ、ちょ……っ!?」


 久ちゃんの身体を上から下まで触って、その感触を確かめていく。大事な大事な宝物だから、あくまでも優しく撫でるように。


 うむ、やはりしなやかな良い筋肉をしている。そして高校三年生時よりも明らかに筋肉量はアップしている。久ちゃんの球速が高校時代から全く上がっていないのはおかしいのだ。

 野球素人の私が技術的なアドバイスなどするべきではない。

 しかし久ちゃんのことなら昔からよく知っている。久ちゃんのパーソナルな部分に関しては、チームのコーチなどでは太刀打ち出来ないであろう知識を持っている。メンタル面でのサポートならしてあげられるはずなのだ。


 実際、久ちゃんにそれほど技術的な問題があるとは思えない。体力的にもこうやって向上している。あとは気持ちの問題なのだと思う。

 だから久ちゃんが殻を破れるように、私がたっぷり自信をつけさせてやるのだ!


「安心しろ! 私、口は上手いんだぞ?」


 ネガティブなことは言わない。わざとらしい世辞も使わない。あくまで久ちゃんが本当に備えている素晴らしい素質を率直に褒め称え、モチベーションを上げてやるだけだ。


「いやいやいやいやダメですダメですダメですって」

「照れるな、照れるな♪ 大丈夫、この位置にはあまり月明かりも届いていないしな。君が快感と幸福に溺れてだらしなさそうにしてしまっている姿もカメラには殆ど写らんさ」


 君は凄い人間なのに本当に褒められ慣れていないもんな。ふふっ、そういうところが可愛いのだが。


「今日はいっぱい気持ち良くしてやるからなっ♪」

「や、やめてください……っ、怖いです……っ」


 当惑の表情を浮かべる久ちゃん。

 そうだよな、人前では弱さを見せない君だけど、本当はずっと不安だったんだよな……。


「今夜は思いっきりお姉さんに甘えてくれていいんだぞっ♪」

「ううぅ……っ」


 改めて久ちゃんの身体を指でゆっくりなぞっていく。

 太い前腕・上腕・肩回り、たくましい大胸筋に、バキバキに割れた腹筋、何よりハムストリングが素晴らしい!


「少し前まではあんなに細くて小さかったのに、たちまちこんなに太く大きく固くなって……っ、込み上げてくるものがあるな……っ! 君も込み上げてきているだろう? ふふっ、溢さないように気を付けなくてはなっ♪」

「や……っ、そんなに触らないで……っ」


 おっといけない。「あんなに小さかったのに」は危ないな。口を滑らせないようにもっと言葉を省略していかなければ。


「大きくなって一皮剥けたぞ君は! 元々いいものは持っているんだ。この前も君の球を外で見させてもらっただろう? 私は君の球をずっと舐めていたが、実際のプレーを目の当たりにするとやはり凄いなっ! 立ち上がりもいいし、最後まで全然衰えないよな久ちゃんって。うん、この身体と君の若さなら九回はイケるはずなんだ。回復も早いだろうし、本当に最高の男なんだぞ君は!」

「ヤ、ヤエっちゃん……さすがにもうやめましょう……そ、そうだオレ今日は疲れてて……」


 そうか、そうか。ならマッサージもしてあげよう。


「手でも気持ち良くしてあげるぞ♪ 今日は久ちゃんは寝ているだけ。全部お姉さんに任せてくれればいいからな♪ 安心しろ、ジンジンの身体で何度も練習しているから♪」

「だからワインなんて飲むなってみんな言ったんですよ……」

「なんだ、いいだろう、リコちゃんが夢への第一歩を踏み出したこの日に、華乃ちゃんの牡蠣料理でお祝いだぞっ? 私だってグラス一杯ぐらい飲むさ。いやー私って意外とお酒強かったんだなぁ。全然酔っていないぞ。久ちゃんが成人するのが楽しみだよなぁ。ドラフト指名のお祝いで一緒に飲もうなっ!」

「はぁ……また一人ダメな人増えちゃったじゃないですか……」


 言葉通り疲れ気味な表情をしている久ちゃんの身体を揉みほぐしてやっていく。


「痛くないかい? 気持ちいい? もっと強い方が好きかい? それとも弱めでじっくり? このくらい?」久ちゃんの手のひらをモミモミして、強弱を確認してもらう。「ゴツゴツとしていて血管が浮き出ていて、男らしいなぁ……」


 感慨深いぞ……っ!


「その感じホントやめてください……っ、何かいやらしいです……っ」

「おっと、そうか。先っちょは本当に敏感だもんな君は。すまん、すまん」


 指先の繊細な感覚でボールを動かしていくタイプだもんな。まぁもっと大胆に直球で押していけるとも思うのだが。例えばストレートを投げるのに重要な広背筋だって、


「久ちゃん、うつ伏せになってくれ」

「嫌です……っ、何されるかわからない……っ」


 ならば仕方ない。

 自分の上体を倒して、久ちゃんの背中に腕を回せば……♪


「うむ♪ こうやって密着すると君の身体の良さがよく分かるぞっ♪」広背筋や僧帽筋のたくましさは勿論のこと、肩甲骨の可動域も広そうだ。「普通じゃ届かないような角度から攻めていけそうだなっ♪」

「嫌……っ、聞きたくないっ、音符やだ……っ、音符やめてください……っ」

「おんぶ? おんぶじゃないぞ、これは抱っこだ♪ ほら、むぎゅうっ♪」

「うぅ……もう、なんでこうなるんですか……っ」


 ギューッと抱きしめてやると、久ちゃんは両手のひらでその愛らしい顔を覆ってしまう。

 ふふっ、照れてる照れてるっ♪


「ふーっ、くっついていたら私も熱くなってきてしまったな……」


 胸を強調させないように厚着をしていたが、ここはお兄のベッドの位置とは違って月明かりがあまり差し込んでこない。お互いの表情などが識別出来るのなんて超密着している私達ぐらいなもので、身体なんてカメラでもハッキリとは映らないはず。

 脱いでしまおう。

 こうやって久ちゃんに上から押し付けていればシルエットも隠せるしな!


「いやいやいやいやダメダメダメせめてナイトブラはつけててくださいっ!」

「えー、何故だい? 久ちゃんはヤエお姉ちゃんのことが嫌いかい……?」

「好きですっ、好きだからオレの言うこと聞いてください……っ」

「えへへー、分かったー、お姉ちゃんも久ちゃんのこと大好きー♪」

「ぁうぅ……っ、怖いです……っ、ぅぐっ……っ」


 目を赤くして、今にも泣き出しそうな久ちゃん。

 そうだよな、怖いよな。もう二ヶ月足らずでシーズンが始まってしまうのだ。

 でもこうやって「怖い」と久ちゃんの口から聞けただけでも良かったのかもしれない。君は弱さを人に見せようとしないから。強がってしまうから。

 でもな、私達の前でぐらい、泣いたっていいと思うんだ。その方がきっと気分もリフレッシュ出来るはず。

 何もしてあげられない代わりに、何でも受け止めてやりたいんだ。


「我慢しなくていいぞ、久ちゃん♪ 出しちゃえ、出しちゃえ♪ 私の胸で全部出し切ってしまえ♪ ヤエお姉ちゃんの胸でぜーんぶ受け止めてやるからな♪」

「うわぁ……っ、こんなヤエっちゃん見たくなかったです……っ! ぐ……っ、うぐぅ……っ」

「そうだよねー、泣いているところなんてヤエお姉ちゃんに見られたくなかったよねーっ。でも大丈夫だ。久ちゃんは頑張っているんだもん。泣いちゃうことだってあるさ。いい子いい子♪ えらいえらい♪ 久ちゃんはかっこいいぞー♪ 何も怖くないぞー♪」

「うぅうぅぅっ……もうっ、もうダメですオレ……っ、う……っ! ぅぐっ、ぁうぅううぅう……っ!」


 身体は大きくなっても、声を抑え付けるようなその泣き方は昔と全く同じだ。胸にうずめるように抱きしめて、その泣き顔を隠してやる。

 本当は涙に濡れた顔も可愛いから、ずっと眺めていたいんだがな……♪ あ、鼻水。


「ティッシュ、ティッシュ……ほら、ヤエお姉ちゃんが拭いてやるから……くすっ、すごく糸引いてるぞ? ふふっ、すまんすまん、恥ずかしかったよな?」

「あぅ……っ、ぁう……っ」


 こうやって甘えてもらえると何だか嬉しくなってしまう。


「ふふ、何か私の方が気持ち良くさせられてしまったな……♪」

「もう……っ、もう何も知らないですオレ……っ」

「よしよし♪ いい子いい子♪。ふふっ、いっぱい出したなっ♪ スッキリしただろ? ほら、見てみろ。私、こんなに濡らされてしまったぞ? 久ちゃんのせいでビチョビチョだ……♪」


 もうっ、涙でナイトブラがびしょ濡れになってしまったではないか。可愛いやつめ♪

 再度久ちゃんを胸でむぎゅうっと抱きしめて、頭をなでなでしてやる。


「次はもっと私を気持ち良くさせてくれよ? 今度は本番でな!」

 マウンド上で君の勇士を見せてくれ。それが私達は一番嬉しいんだ。

「自信を持ってガンガン攻めるんだぞっ! 君の強大な下半身を使って球をフル回転させて、力強くパンパンっといい音を響かせてくれっ! がんばれがんばれ久ちゃん♪ すごいぞすごいぞ久ちゃん♪」


「うるっさいんだけど……」


 頭上のベッドから背の高いスラッとした男が降りてくる。


「おお、ジンジン。見てくれよ、久ちゃんこんなに私に甘えてきて、ふふっ、可愛いだろう♪」

「綾恵……ホントはあれただのぶどうジュースなんだ……。よくも雰囲気だけでそんな……ホントに君ってやつは……」


 胡乱な目で口を曲げるように呟くジンジン。

 あ、可愛い弟みたいな久ちゃんが私にばかり懐いてきて悔しいのだなっ! 負け惜しみなんて格好悪いぞ、ジンジン!

 ふふっ、懐かしい、昔はいつも私と君で久ちゃんの取り合いみたいなことをしていたもんなー。えへへ、今日は私の勝ちだなっ!


「ジンジン、好きな子取られちゃったなー♪ 悔しいだろー♪ 嫉妬してるだろー♪ えへへー♪ ぼーっとしているジンジンが悪いんだからなー♪ そうやって斜に構えているから人のものになっちゃうんだぞー?」

「……っ! うるさいっ、僕だって東京ではモテるんだからね。ミスター青学舐めるなよ!?」

「ええー……勝手にエントリーされて困っているみたいなことを言っていた癖に……というかどこ行くんだジンジン。明日早いんだろう? しっかり眠らないと……」

「うるさいな! トイレでシコってくるんだよ! ていうか綾恵は服を着なさい!」


 えー……。急に「シコってくる」とか……いやらしい男だなジンジンは……。それともワインなんて飲んだから酔っているのか? まったく、本当に私がついていないとどうしようもないな君は。


「……あーもうヤエちゃんのせいで最悪じゃねーか……どうすんだよリコ、ジンジン行っちゃったよ、謝るタイミング見失っちまったじゃねーか……」

「ヤエちゃんって酔うとこうなるのね……」

「でも逆にあたしたちに対する怒りは消えたんじゃん? ジンジン君って割とヤエちゃんに対して執着するとこあるしねー」


 薄い板を隔てた隣から、お兄・リコちゃん・華乃ちゃんの声が聞こえてくる。


 はぁ……まだ三人でくっついてモゾモゾしているのだな……。乱れている……本当に乱れた奴らだな君達は! ヤエお姉ちゃんぷんぷんだぞ!

 ぷんぷん♪ ぷんぷん♪

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