第17話

「何やってんのよ、あなた達! 人がお風呂で頭落ち着かせているうちにっ!」

「全然落ち着いてねぇじゃねーか。ガチギレじゃねーか。頭から湯気出てるぞ」

「うるさいっ、あなたのせいでしょ。二人でベッドに潜ってモゾモゾとかド変態の所業よ、このド変態兄妹」

「いやリコに言われたくないから」

「華乃……っ、あなたねぇ……っ、何てことをしてくれたの!? お兄とセックスとか何クレイジーな大嘘ついてくれてんのよ!?」

「あんたがっ、やれってっ、言ったんでしょっ」


 俺を挟んで口喧嘩を始める二人。

 俺の右側からリコが蹴りを入れようとすれば、左側から華乃が手を伸ばしてリコをベッド外へ弾き出そうとする。全然口喧嘩じゃなかった。そしてほとんどの攻撃を間に横たわる俺が受けている。


 頭まですっぽりと布団を被り、寄り添い合う三人。一見、超仲良し三人組の図だが、現在我々の仲は最悪である。

 まぁでもリコが華乃の発言をちゃんと嘘だとわかってくれてたのは本当によかった……。


「確かにお兄に迫れとは言ったけれど、それで『フラれろ』と指示したはずよ!? なに結ばれちゃってるのよ!?」

「セックスしただけで結ばれてる扱いとか遅れてるから。ださ。リコださ。さすがとんかつソース味。田舎っぽい。セックスなんてコミュニケーションツールの一つでしかないから」

「処女王国の女王みたいなギャルに言われたくないんだけれど! あとコーンポタージュ味だと言っているでしょう! わたしはハイカラなの! 都会派おしゃれタレントなの!」

「都会派おしゃれタレントはハイカラとか言わねぇと思うぞ」

「さっきからお兄はなに中立気取ってんのよ! 元々あなたがちゃんと華乃の発言を否定したり華乃からのアプローチを拒んだりすれば済んだ話でしょう!」

「い、いやそうだけどよ、で、でもな……」


 恐る恐る華乃に視線を送る。

 華乃は俺と目が合うと頬を紅潮させ、


「当たり前だけどさっきまでの全部演技だかんね! あたしはリコっていうクソ監督のクソ采配を忠実に実行しただけなんだから! 結果の責任は全部リコにあるんだから!」


 そうだよな、あーよかった、俺のことを好きな華乃なんて存在しなかったんだ。


「それは違うわ華乃! わたしはヒットエンドランのサインを出したの! わたしの打席の前に最低でもランナーを進めて欲しかったから! 確かにあなたはサインに従ってバットを振ったけれど、ドデカいフライを打ち上げたの! ランナーのお兄もそれを見てから十分帰塁することは出来たはずなのに、戻らず突っ走ってしまった! それでダブルプレー! あんたら二人とも死亡! わたしに回ってくるはずだったチャンスは消え失せたのよ!」

「「…………わっかりやすー……」」


 絶妙な例え話に俺も華乃も何も言い返せなくなっていると、


「ちょっとリコっちゃん声デカいですよ」

「うえっ!? び……っくり、させんなバカ久吾! 童貞っ!」


 華乃の頭の横から、久吾がヌッと布団内に顔を突っ込んできた。


「処女共和国大統領五期目みたいなギャルに言われたくないんですけど……。何かリコっちゃんがヒットエンドランがどうとかダブルプレーがどうとか言ってる声漏れてましたよ」

「えっ。嘘でしょう……? ど、どうしましょう、わたし達のやらせ会議が……っ」


 まずい、これはマズすぎる。例え話とはいえ、あれを聞かれてしまったなら俺たちが演技をしていたことが完全にバレてしまうじゃないか……っ!


「いや大丈夫です。野球の話してたようにしか聞こえないんで。てか何の例えだったんですか? 意味不明なんですけど。あんなので意思疎通できる女子なんてリコっちゃんと華乃だけですよ」

「やめて、リコと以心伝心みたいなこと言わないで。てか久吾あんたいつからいたの」


 華乃のその疑問は俺も気になっていたところだ。演技とはいえ二人であんなことしてた隣に久吾がいたとか何かすげー嫌だよな……。


「割とずっと。隣の自分のベッドで寝てましたよ。てかむしろオレ普通に部屋入ってきたのによく気付きませんでしたね。あ、大丈夫です、必死で耳塞いでましたから。華乃のキモ音符をあと三回聞いたら死ぬと思ったんで」

「おいコラ、耳元で囁いたろか。久ちゃん……♪」

「やめてください、訴えますよ!」


 華乃の猫なで声を拒み、久吾はため息をついて続ける。


「とにかく、これ以上突飛なこと・過激なことはしないようにしてください。お兄とリコっちゃんは相変わらず破天荒過ぎですよ。もう大人なんですから、いいかげん限度ってものを知ってください」

「何よ、昔はいつも『リコっちゃん、リコっちゃん』『おにい、おにい』ってノリノリで付いてきてくれたっていうのに。あの頃の久吾の方が面白かったわよ? 今回だって、あなたもヤエちゃんに迫られることになっているのだからね? 文句ばかり言って、自分達はちゃんと出来るのかしら?」

「ヤエっちゃんはあなた達みたいに突拍子もないことはしませんから。常識の範囲内でやってくれるはずですし、オレも常識的に対応すればいいだけのことです。てか問題は華乃ですよ。あほあほコンビの悪ふざけにあなたまで悪ノリしてどうすんですか。保護者が子どもの悪戯に参加しちゃダメじゃないですか。演技なのはわかってますけど、お兄とセッ、そういうのってのは……さすがにぶっ飛び過ぎですよ、華乃らしくないです」

「はぁ……わかったわかった。まぁあんたの言うとおりだね、確かにあたしは大人げなかった。リコとお兄のハチャメチャに付き合っちゃうなんてどうかしてたね」

「そうですよ、しっかりしてくださいよもう」

「にしてもあんたってホント常識人になったよねー。あたしに正論で説教できんだからさ。昔はリコやお兄に負けず劣らず型破りな奴だったのにねぇ……うん、あたしは普通に今のが好きだよ。今じゃあんたが一番信用できるね。ピッチングスタイルと同じじゃん? 安定感があって、計算できて。見ててハラハラさせられるようなこともないし、久吾はチームからもファンからも一番信用されてるっしょ。今シーズンも頑張んなよ? もっと磨けコントロール」

「……うっさいです、素人が口出ししないでください」

「何それ、褒めてやってんのに。照れてんの? 可愛いね、久ちゃん……♪」

「ツーストライクですよ! 次そのキモ剛速球投げ込んできたらオレほんと死にますからね!?」


 まぁでも久吾の説得のおかげで華乃もだいぶ冷静になってくれたようだ。もうさっきまでみたいな行きすぎた演技はしてこないだろう。これで安心して寝られる。


「はぁ……そうだ、あと三人ともちゃんとジンジンに謝ってくださいね。この真上のベッドにジンジンもずっといるんですから。明日早朝からバイトだから早く寝たいって言ってたじゃないですか。さっき舌打ちしてましたよ」

「「「え」」」


 思わぬ忠告に、俺・リコ・華乃の三人が戦慄する。


「え、おいおいおいおい、え? 嘘だろ? 嘘だよな? 俺まだ死にたくない」

「ちょっとやめてよ、久吾。そうやってわたし達を怖がらせて面白がっているのでしょう。もう。久吾はいたずらっ子なんだから」

「リコ、今の久吾はそんなことしないから。こいつがこんなトリッキーな嘘ついてくるわけないじゃん。現実として受け入れるしかない」

「オレ知らないんで。あとは三人で何とかしてくださいね。オレはもう寝ます。じゃ」


 久吾が顔を引っ込め、自分のベッドに戻ってしまう。

 おい待て、俺たちを置いてかないでくれ! ダメだ……体が震えてきた……。


「ダメだ俺怖い。二人とも今日一緒に寝てくれ。一人じゃ寝られない。明日ジンジンが起きてベッドから降りてきたタイミングで一緒に謝ろうぜ? あ、あくまで機嫌良さそうだったらな?」

「しょ、しょうがないわね、本当に怖がりなんだからあなたはっ」

「別にいいけど変なとこ触んないでよねキモいから」


 右腕でリコ、左腕に華乃を抱くようにして、三人で密着する。うん、かなり狭いけどこれで一夜を明かそう。

 と、俺が実に情けない決意を固めたそのとき、


「おーい、私を一人にしないでくれよー……」


 ドアからひょこっと綺麗な顔を覗かせたのは、寂しそうに枕を抱きしめる黒髪ロングの大和撫子、ヤエちゃんだった。

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