第19話

「うあああぁぁああぁっ、またオーディション落ちたぁぁああぁぁあっ! 何で!? 何でなの!? わたしのツイッターフォロワー数は18944人なのよ!?」


 吠えながら部屋に飛び込んでくるや、リコが跪いてわなわなと震え出す。

 てかまたずいぶんと増えたなフォロワー……。


 まぁそれはともかく、これで全員集合だ。


 華乃のセックス発言と俺に対する過剰演技のあの日から一週間。俺たち六人はまたまた蔵に集まっていた。


「おかしい……見る目ないのよ、あいつら……っ、事務所とかマネージャーからも全然わたしに期待していないのビンビン伝わってくるし! なぜ……なぜなの……? メゾテラ出演で海老沼紫子はこんなにも話題になっているというのに……っ!」


 当たり前だろ、お前俺ら以外の前じゃほとんど何も喋れねーんだから。お前の本当の魅力は長い付き合いじゃねーと理解できねぇんだよ。


「でもそう考えるとこの番組のプロデューサーやディレクターは有能よね。ちゃんとわたしの才能を見抜いて採用してくれたのだから」


 たぶん彼らは「極度の人見知り美女が初対面の人間たちとの共同生活でどう成長していくか」みたいなストーリーを思い描いてたんだろうな。蓋開けてみたらバカでけー声で喋りまくるから呆気に取られてると思うぞ。


「しかし先日の第一話の放送内容によって、リコちゃんには性に開放的なイメージが付いてしまったよな。そうなると狙っていく仕事の方向性もこれまでと変わってしまうのではないかい? しかし私としては、無理にそちらへ舵を切ってしまうよりも、これからのオンエアで淫乱イメージを払拭していった方がリコちゃんのためになると思うんだよな。昨夜もお兄とリビングのソファでじゃれ合っていてそのまま二人で朝まで眠ってしまっていただろう? 蔵じゃないのだから、そういうことは控えた方がいいのではないかい?」

「まぁ……正論だけれど……あまりヤエちゃんには言われたくないわね……」

「え。何だいその反応は……何で五人ともそんなジトッとした目で私を見てくるんだ……? 皆何か最近私に対する態度が冷たくないか……?」


 いや冷たくしてるつもりはないんだけど……ちょっとドン引いちゃってるというか……ヤエちゃんあのときの記憶完全に飛んでるんだな……。


「まぁまぁ、そんなことより早く見ようよ、第二話。綾恵もほら、こっちこっち。僕の隣でさ」


 ジンジンに促されて、みんなで炬燵に置かれたノートパソコンの前に集まる。

 わざわざ蔵に来たのも、今日配信開始されたメゾテラ第二話を視聴するためだ。てかジンジンの朗らかな笑顔が怖い。


「じゃあ、再生するわよ。準備はいいわね、みんな」


 先週と同様、パソコンの真ん前を陣取ったはんてん姿のリコ。

 カチッというクリック音の後、おしゃキラなオープニングムービーが流れ始め――地獄の三十分間が幕を開けた。




 

「何だ……何なんだこれは……あれは本当に私なのか……?」


 第二話視聴完了後、愕然とした表情でヤエちゃんが声を震わせる。


「いや違う、そんなわけがない。声は確かに私のものだったが、暗くて姿が映っていなかったではないか……! 姿が見えないのをいいことに、音声を加工したのだな……っ! 酷い……っ、酷すぎる! こんな悪質な編集は許されない……っ! 今すぐBPOに……っ!」

「やめてヤエちゃん、藪蛇になるわ、普通にわたし達のやらせの方が問題になるから。まぁ……ヤエちゃんはわたしの指示通り久吾に迫ってくれたというわけよね。うん、ここまでしろなんて言っていないわ」


 第二話の内容は酷いものだった。いや、恋愛リアリティショーとしてはある意味素晴らしい内容だったのかもしれない。


 冒頭いきなり俺と華乃が陰でヤリまくりだったという衝撃の事実が発覚し、にもかかわらずリコへの告白を強行し見事に玉砕する俺。フラれた鬱憤を晴らすかのように華乃とベッドでモゾモゾしているところに、リコが乱入。つい数十分前に俺を盛大にフッておきながら俺とベッドでモゾモゾ、三人でモゾモゾ。そして極めつけはヤエちゃんである。三人モゾモゾの隣で、何の脈絡もなくヤエちゃんが久吾にエロいことをしまくる音声が真っ暗闇の中流れ続けた。最後はジンジンがトイレにシコりに行って番組終了である。


 これが第二話である。一年間放送予定の番組の第二週目である。


「違うんだっ! 私は肉体分析をして久ちゃんを勇気付けてあげていただけであって……っ!」

「ヤエちゃん……自分を客観視出来るようにならなきゃダメよ? いつまでも子どもじゃないんだから」

「確かにリコの言うとおりだ。ヤエちゃんは限度ってものを知ったほうがいいと思うぞ。人に見られて勘違いされるようなことしちゃあ自分が損する」

「くそっ! あほあほコンビにだけは言われたくなかったぞ……っ!」

「まぁまぁ、お酒の失敗なんて誰にでもあるって言うしさ。逆に僕達の間の出来事で済んでよかったって考えようよ。これを機にお酒は控えるようにしようね、綾恵」

「う、うむ、そうだな……」

「まぁそもそも君は一滴もお酒なんて飲んでいなかったんだけどね」


 あの夜、俺たちの醜態にあんなにブチ切れ気味だったジンジンは、翌朝にはすっかり機嫌を直し、ニコニコとしていた。逆に怖かった。

 今もヤエちゃんの肩をポンポンと優しく叩いて励ましてあげている。怖い。


「ヤエっちゃん、オレ……」

「久ちゃん! すまなかった! だからこの一週間妙によそよそしかったんだな!? 嫌だっ、嫌われたくないっ! 誤解なんだ、例え演技だとしても私が君にいやらしいことをするわけがないだろう!? 頼む、いつもの久ちゃんに戻ってくれ!」

「いやまぁヤエっちゃんにそんな意図がなかったことはわかってますけど。もちろん一ミリも嫌いになんてなるわけないです。まぁたまにテンション上がって変なことしちゃうのもヤエっちゃんらしいですしね。あの夜のことは忘れます」

「久ちゃん……っ、ありがとうっ、大好きだぞ!」

「あ、ちょっと、抱きしめられるのはまだちょっと。フラッシュバックしちゃうんで」

「忘れてくれていないじゃないか!?」


 抱きついてくるヤエちゃんを手で制する久吾を、ジンジンが微笑ましそうに眺めている。よかった、怖くない。


「…………ヤエちゃんよりはマシ、ヤエちゃんよりはマシ、ヤエちゃんよりはあたしのがマシ……」

「華乃、ヤエちゃんと比べてもあなたの方が酷かったと思うわよ、わたしは」

「うっさいっ、リコにだけは言われたくないっ!」


 華乃は第二話視聴開始数分で顔を真っ赤にして炬燵に潜ってしまっていた。

 豹変する自分の姿を見ることができなかったようだ。てか俺もあれを見るのはかなりキツかったのだが。


 あの夜、久吾に咎められて以来、華乃はいつもの華乃に戻っていた。当然俺に迫ってくるようなこともなくなった。が、ふとしたタイミングで二人きりになると華乃が頬を赤らめてしまうので、少し気まずくなってしまったりする。

 まぁ生涯思春期・反抗期の妹だ。今までもそんな感じのことは何回かあった。今回もしばらくすれば自然と元通りになるだろう。


「お兄なに見てんの、キモいから! 何回も言うけど全部演技だったんだからねっ!? あたしが童貞キモお兄にあんなことするわけないじゃんっ!」


 しばらくすれば自然と元通りになるはずだ。なるはずなんだ。いやむしろこれが元通りの華乃だったな。うん、よかったよかった。

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