第20話

「ネット上での反響の大きさは綾恵も華乃ちゃんも互角ってところだね」

「やめてくれよ、ジンジン……私をいじめて楽しいのかい……?」


 俺もスマホでSNSや掲示板を巡回してみる。


 やはり今回は華乃とヤエちゃんが話題の中心になっているようだ。

 ちなみに俺はリコと華乃の二人に手を出したことで叩かれまくっている。ひどい。俺が二人と実際に「最後まで」したのかという議論も白熱しているようだ。ひどい。

 ただ、俺の行為自体は叩かれていても、ストーリーを盛り上げているという点で、番組に必要不可欠な人間とは見なされているようである。

 会社からも多少の釘は刺されたが、宣伝効果の大きさから、基本的には良い評価を頂いている。まぁ女性社員からの目は明らかに冷たくなったが。ひどい。


「え、待って。ねぇっ、お兄見てっ、これ見てっ! 二万っ! いつの間にかフォロワー二万いってたのだけれど! 二万よ!? うちの村五十個分の人間が私のことを大好きでいてくれているのよ!?」


 リコがスマホをググッと俺の顔に突き出してくる。


「お、おう……すげーなっ、やったな!」

「うんっ! わたしやったっ!」


 また……まただ……。

 キラキラと目を輝かせているリコを見ると心臓がズキズキと痛む。

 最悪だ。ふざけんなクソ野郎。リコの成功を妬むなんてありえねぇだろ。

 なぁ俺よ、わかってんだろ? テメェの価値なんて「才能に溢れたこの五人と幼なじみである」ことしかねぇんだ。こいつらを一番近くで応援してやることぐれーしか生きてる意味なんかねぇんだよ。

 リコの夢のためなら自分を犠牲にするぐらいでいろよお前は!


「今回のオンエアなんて華乃とヤエちゃんが主役だったのに、わたしの勢いはとどまるところを知らない……あれね、お兄をビンタしたシーンが良かったのかしらね。ねぇ、これから毎日カメラの前でビンタさせてくれないかしら」

「ふざけんな、ぜってーやだ」


 全然犠牲にできなかった。しょうがない。だって痛いの嫌だもん。


「二週間で二万人は凄いですねー。その内の半分も試合見に来てくれたらうちの本拠地球場なんて満員になっちゃいますもん」

「だからあなたもツイッターぐらいやりなさいよ。わたしのアカウントにまで『久吾投手はSNSやらないんですか』ってリプライ来ていたわよ? えーっと……ほら、見なさい、これとか」

「おー、マジっすねー……てかリコっちゃんのリプ欄、『黙ってれば可愛い』で埋め尽くされてるじゃないですか。二週間でバレましたね。大人気番組の有能スタッフたちの編集でも隠せませんでしたか」

「よかったじゃんリコ。お前俺ら以外の前ではずっと黙ってんだから。外では常に可愛いってことだぞ」

「歯を食いしばりなさいお兄。今日の分のビンタいくわよ」

「いまカメラねーだろ! はぁ……で、どうすんだ、これからは。そういう諸々の反応を受けて、どう脚本を広げてくつもりなんだ?」


 こうやってわざわざ蔵に集まっているのもそれを話し合うためだ。

 リコが最初に作り上げたシナリオはこの二週間で大方演じきってしまった。視聴者のリアクションは上々だが、予想していたのと違っている部分もある。めちゃくちゃある。修正すべき点には思い切って手を加えていかなければならない。


「そうね……とりあえず華乃は少しお兄から離さなければいけないわよね」

「……別に……リコに言われるまでもなくお兄なんかからは離れてるし。てかこの前のが異常だっただけで、昔からずっとお兄とくっついてなんかないしっ」


 そうむくれる華乃はなぜか俺のほうへチラッと視線を寄こし――またすぐにプイッとそっぽを向いてしまう。ホント反抗期……。


「あとヤエちゃんも久吾から離さなきゃよね」

「ありがとうございます……オレずっと信じてましたよ、ピケねえ……っ」

「誰がジェラートピケ姉さんよ。まぁ、そうね。あなたは童貞純粋キャラがウケているようだし……うん、またもや最高のアイディアがひらめいてしまったわ。『大人気タレント海老沼紫子に恋するも照れてしまってアプローチを仕掛けられない久吾が華乃と告白の練習をする』というストーリーを作りましょう」

「信じたオレがバカでした」

「てか久吾がお前を好きだっていう設定は変えねーんだな」


 相変わらず自分大好き人間である。


「そこは大前提だもの。でもここで一つ捻りをきかせるのよ。告白の練習をしているうちに久吾は本当に華乃のことを好きになってしまうの。揺れる気持ちを抱えながらも、華乃に背中を押されてわたしに特攻、玉砕する久吾。そんな久吾を慰める華乃も実は徐々に彼に惹かれてしまっていて……と。今日の第二話で、華乃がお兄とベッドでモゾモゾしているのを久吾が必死で見ないようにしたり耳塞いだりしていたり、最終的には我慢ならずにベッドまでモゾモゾをやめさせに来たりしたことで、『久吾が華乃に気があるんじゃないか』という伏線を張れているのよ。実際ネット上でもそういう考察が支持を得ているようだわ。これを利用しない手はないわよ。結果的に華乃のイメージをお兄から離すことも出来るし、一石二鳥の名案よね」

「オレはもう人を信じることをやめました」

「てかヤだから。なんであたしが久吾とそんなことしなきゃなんないの?」

「いいじゃない、別に付き合えとまでは言っていないのよ? 付かず離れずの良い雰囲気で最後まで行きましょう。過激な展開ばかりでは見ている方も疲れてしまうし、そういうほのぼの要素も入れ込むことで視聴者層を広げることが出来るはずだわ。だいたい付き合ってしまったら久吾が大変だし」


 確かに。付き合うまでいっちまうと久吾の女性ファンとか減りそうだもんなー。


「……別にそーゆー問題じゃないんだけど……」

「何よ、あなた実の兄にはあんなことをしておいて、久吾とはちょっとした恋愛風味の演技も出来ないって言うの? 実の兄にはあんなエロいことをしておいて。ねぇ、あまりこんなこと言いたくないのだけれど華乃あなたまるで本物のブラコ」

「あーーーーっ! うっさい!! やるし別にそんくらいっ! やればいいんでしょ!? やるよ久吾!!」

「えー……マジっすかー……」

「やんないってゆーなら、昔あんたがグローブやスパイクにポケモンみたいな名前つけてたこととか帽子のつばにポケモンのOPの歌詞みたいな言葉書いてたこととか全部ネットに流すかんね! あんたがNPB行って活躍して引退して指導者して解説者やって日曜の朝に『喝』とか入れるようになっても書き込み続けるかんね!」

「やります! やればいいんでしょう!?」


 そうそう、結局久吾はリコのハチャメチャに巻き込まれてくれるんだ。俺だって久吾が道連れになってくれたほうが楽しいしな。


「……ていうかあなたもちゃんとカメラの前で、はっきり華乃のことフりなさいよね? 何か『なぁなぁ』な感じになっているけれど……」

「あ、ああ、確かにそうだな。だけどフるって言ってもな、そう簡単には……」

「そんなもの『妹みたいにしか見られない』とか言っておけばいいのよ」


 そりゃ妹だからな。


「いやそういうフり方もそうなんだが、それ以上にタイミングの面とかがな……『なぁなぁ』になってるものを蒸し返すっていうか、そういうのは……てかまぁ、それを言うならはっきりさせなきゃならねぇのはそれだけじゃねーんだが……」


 俺とリコは「付き合う」ということになっていたはずだが、あんなことがあったせいで未だに実行できていないのだ。

 一度はビンタでフラれてしまったわけだが、それで「付き合う作戦」の有効性・必要性が崩れたわけではない。作戦を中止する理由などどこにもないはずなのだ。


「ま、まぁ、そうねっ。でもそう考えるとやることが多いわね。詰め込み過ぎというか、これを全て違和感なくストーリーへ落とし込んでいくのは難しそうだわ。何か恋愛エピソードを自然に展開させられるようなきっかけでもあればいいのだけれど……」

「イベントとかか。世間一般で恋愛事が動きそうな……例えばクリスマスみたいな」

「それよ。と言ってもこの時期にそんなイベントあったかしら? えーと、今日が二月十五日だから……二月……じゅうご…………昨日バレンタインデーじゃないのよ!! 何やってんのよ、何で誰も指摘してくれなかったのよ! あぁっぁあああっ、チョコレートのCMアピールチャンス逃したぁあぁぁあぁっ!!」


 いやまぁうちの村にそんな風習なかったしな……。


「ま、とりあえず久吾と華乃のほうを優先的に進めようぜ」


 俺とお前の関係については――まぁとりあえず当分は「なぁなぁ」で。大丈夫だろ、だってたぶん、俺とお前は「なぁなぁ」を続ける演技だけは得意だもんな。知らんけど。

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