第26話

「えー……華乃お前、気づいてたのか……?」

「逆に何で気づかれないと思ったの? あほなのお兄。部屋入ったときから電気ついてたら気づくっしょ普通」


 扉を開けると、心底呆れた表情の華乃が俺とリコを見下ろしていた。


「おっしゃる通りだな、そりゃ……おい起きろリコ」

「んー……フランボワーズソースとバニラアイスを添えてね……あ、おはようお兄。あれ、わたしのふわとろ焼きたてスフレは?」

「知らん。今度華乃に作ってもらえ」


 ほっぺをぺしぺし叩いてリコを起こす。目を擦るのにも口を拭くのにも全て俺の袖を使ってくるのがウザい。


「ねぇ、リコあんた何であたしのニーソ履いてんの……? お兄に買ってもらったやつ……」

「んーお兄が履かせてくれたー」

「……っ、あんたはそうやっていつも勝手にあたしのものを……っ」


 言葉はリコにぶつけながらも、キッと睨みつけてくる先は俺の顔である。

 いやすまんって。だから「いつも」とかカメラの前で言うな。


「そんなに怒らなくてもいいじゃない。ごめんなさい、洗って返すわね」

「いいっ。いらないしリコが履いたものなんて。お兄また新しいの買ってっ、一番安いのでいいからっ! リコはほらっ、見てたでしょ全部ここでっ! 今から久吾があんたに告りたいんだって! この部屋であいつ来んの待っててっ!」

「えー……何でわたしが久吾に……」

「あ・ん・た・が……っ!」


 指示したことでしょ、とまではさすがに口に出さずに耐えた華乃。撮影されているという意識はちゃんと持てているようだ。


「あー、はいはい。分かったわ。じゃあ行ってくるわね」


 やっと寝ぼけも覚めてきた様子のリコは、あくびしながら立ち上がり、華乃のベッドに腰を下ろす。


「あんたまた勝手にあたしのものに……まぁそれはいっか。こっから覗きやすいし」

「あ、おい」


 リコが出て行ったことで空いた空間――つまり俺の股の間に、今度は華乃がすっぽりと収まってしまう。俺の身体を背もたれにして悠々と座りながら、クローゼットの扉をパタンと閉め切る。

 まぁ「告白を覗く」っていうのも恋愛リアリティショーのワンシーンとして成立してるから別にいいのだが。


「ちょ――っ、何やってのよあなた! そこはわたしの指定席よ!? 出てきなさい!」

「うっさい。自分はさんざんあたしのもの盗っておいて。てか元からあんたのもんじゃないし。もう久吾来ちゃうから、あんたは黙ってそこで待ってなよ」

「……何よ、もう……変なことしないでよね」


 しぶしぶながらも引き下がるリコ。

 何だよ変なことって。するわけねーだろアホ。


「お兄、寒い。抱きしめて。どうせリコのことも抱きしめてたんでしょ。変なことしてたんでしょ」

「だからするわけねーだろアホ。まぁ抱きしめるのは別にいいが、いま俺の手リコの唾液でベットリだぞ?」

「してんじゃんやっぱ変なこと! 想像を遙かに超えて変なことだったんだけど! 何をしたらそんなことになんの!? ……はぁ……はい、これで拭いて」


 華乃がショートパンツのポケットから除菌ウェットティッシュを取り出してくれる。

 さすが華乃。気が利く。そして脚を出す。まぁちゃんとタイツも履いてるけど。


「すまん、二、三枚使っていい?」

「いいよ何枚でも。ちゃんとリコ成分を洗い落として。てか早く」

「ん? ああ、拭き終わったら抱きしめてやるよ。てか俺も寒いから人肌の温もりがほしいし」

「それもそだけど。そうじゃなくてあたしにも履かせてよ」

「えー……お前タイツ履いてんのに……」

「リコにだって靴下の上にニーソ履かせてたでしょ! タイツの上に靴下履くオシャレとかあるからっ。お兄が童貞だから知らないだけでしょ! キモ童貞きもっ! ほら、早く履かせてっ、これ!」


 暴言とともに手渡された長い靴下を華乃に履かせていく。いやさすがにニーソックスをタイツの上に履く人はあんまいねーんじゃねーか?


「つーかお前デスパイネごり押しし過ぎだろ」


 久吾にはデスパイネ例えは使わないよう俺からLINEで忠告しておいたが。


「えーお兄だってデスパ好きじゃん」

「好きだから言ってんだよ。キューバの野球選手は国家公務員なんだぞ。なに野球以外で酷使してんだよ、国際問題になるだろ。てかそれ以外も酷かったからな? お前らしくもねぇ。何だよ、リコを押し倒すって」


 意味わかんねーよ。だいたい久吾がそんなことするわけねーだろ。


「ふーん、お兄はそう思うんだ。じゃ、賭けよっか。久吾が女子を押し倒せるかどうか。勝ったほうは相手に何でも一つだけ命令を聞かせられるってことで」

「はぁ? 何だそれ。そんなの賭けになんねーだろ……久吾がそんなことするわけねーってお前だってわかってんだから」

「うん、そだね。あたしもあの久吾がそんな大それたことするわけないって思ってる。安心安全安定の久吾が勢いに任せて女の子を押し倒しちゃうなんてありえないもん。だから、いいじゃん。絶対お兄が勝つんだから。やろうよ」

「いや勝ったところでお前に命令したいことなんてねーしな」

「命令って別に、『あれをやれ』だけじゃないんだよ? 『これをするな』でもいい」

「……わかった。じゃあいいんだな、お前が『押し倒す』方、俺が『押し倒さない』方に賭けるってことで」


 ぜってー押し倒すわけなんてないんだが。


「うん、それで。あ、来た」


 数回のノックの後、久吾が部屋に戻ってきた。

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