第25話

「ほら、さっさとやれ童貞久吾! おしゃれで叙情的な言い回しでっ、テイクスリー、はいっ!」

「いやー無理です無理です、難しいですってばー。リコっちゃんやお兄みたいなキモい言語センス持ち合わせてないんですよオレは」

「野球の例えとか入れたらいいじゃん。てかむしろそれしかないでしょ。あんた野球しかないんだから」

「えー……でもですね……」

「何に気ぃ使ってんの、ばーか。簡単じゃん。『オレの専属捕手になって一生リードしてください。オレはリコっちゃんの要求に絶対首は振りません。死ぬまであなたのミットだけを見て全力投球します。オレの球……受け止めてくれませんか?』みたいなのでいいじゃん」

「ほら、そうやって野球の例え使うと何となく卑猥な感じ出るじゃないですか。オレこの前のヤエっちゃんとの件でトラウマあるんですよ」

「じゃあ野球じゃなくて野球選手の例えで。『デスパイネのフォロースルーみたいに豪快な性格が好きなんです。でもオレは知ってます、リコっちゃんに実は繊細なところもあるってことを……まるでデスパイネの選球眼のように。そんなギャップに男ってのは惹かれてしまうんです。デスパイネの意外と上手い走塁には目が釘付けになってしまうでしょう? あれと同じです』みたいな」

「なるほど。それくらいなら、まぁ。それでいきましょうか」


 なるほど、じゃねーよ。どこの女子にデスパイネのフォロースルーが通じんだよ。いやリコには通じるけど、リコにデスパイネが通じることをお前が知ってるのはおかしいだろ、出会ったばかりなんだから。たまたま集まった栃木の男女六人が全員デスパイネのフォロースルーを理解できるこの状況は異常なんだからな?

 うん、デスパイネ例えはやめるよう後で久吾に言っておこう。さながら死球を当てられエキサイトするデスパイネをなだめるコーチのように……。


「てかさ。もっと自信もっていきなよ久吾。さっきも自分なんかがリコと釣り合わないみたいなこと言ってたけど、むしろ逆っしょ。あんたはすごいやつなんだから、本気でいけばあほリコなんて簡単に落とせるっしょ」

「え? あー。あーそうですか」


 いまいち真意が掴みにくい華乃の言葉。久吾がリコにフラれるという前提でストーリーを進めているこの状況には、あまりそぐわない演技な気がするのだ。


「もうさ、強引に押し倒しちゃいなよ。いろいろ言ったけど、リコを押し倒して『もういいからオレと付き合え。命令だ』って強気で迫るのが一番いいっしょ」


 おい、それこの前俺が蔵でリコにやったやつじゃねーか。何で見てもいないのに全く同じ発想してんだよ。さすが兄妹。思い出して恥ずかしくなってくるからやめろ。


「華乃……あなたバカですか? それは犯罪ですよ? レディコミと現実は別ってあなたも言ってたでしょう。そんなこと女性に対して絶対しちゃいけません」

「なんだ、あんたやっぱちゃんとリコのこと『女性』として見てんじゃん」


 意地の悪そうな笑みを久吾の顔に近づけ、華乃は小悪魔のような声で言う。


「あ、当たり前でしょう、オレはリコっちゃんのことが好きでリコっちゃんに告ろうとしてるんですからっ」


 久吾と同じように俺も戸惑ってしまう。

 そんなことをカメラの前で言う必要がない。というか言うべきじゃない。まるでリコと久吾を本気で付き合わせようとしているみたいだ。


 いや確かにそれは、『メゾテラ』の登場人物である鈴木華乃としては全然間違った行動ではない。俺のことを好きな「メゾテラの華乃」にとっては、俺が恋心を寄せるリコと久吾が結ばれるのは都合がいいのだから。

 でも、今の華乃の発言は「メゾテラの華乃」から出るべきものじゃない。

 いろんなことが、ちぐはぐになってしまっている。

「メゾテラの久吾」は元からリコのことが好きなのであって、リコのことを異性として見てこなかったのは「本当の久吾」だ。だから、その点に関して言及していいのは「本当の華乃」だけなはずだ。だけど、「本当の華乃」は俺のことなんて好きじゃない。だから、久吾とリコをくっつけようなんてするわけがない。


 ダメだ、頭が混乱してくる。きっと華乃もぐちゃぐちゃになってしまっているのだろう。


「んー……お兄……スフレじゃなくてベイクドにしてって言ったじゃない……あ、でもおいしい」


 ちなみに渦中の人間であるところのリコは俺の腕の中でスヤスヤとおねんねしていた。俺がこんなに頭を悩ませている中、夢の中でまでチーズケーキのことしか考えていないようだ。おいしかったようだ。よかったな。


「てか乱暴なことしろとは言ってないっしょ。ばーか。優しく軽く横たわらせて、言葉と態度は自信たっぷりで押してけって言ってんの」

「そう言われましても……華乃、あなた何か変じゃないですか……?」

「変じゃないし。ま、そーゆーことだから。さっそく今からリコ呼び出して告ろっか」

「今から!? さすがに展開が早すぎじゃないですか……?」

「なに言ってんの。大事なのは勢いっしょ。日を置いたところであんたどうせ何もしないでしょ。その間でリコとお兄がキモイチャイチャするだけ」

「……ほら、また変なこと言ってます」

「はいはい、いちゃもん付けてないでさっさと出てけ。身だしなみ整えてこい。あたしがここにリコを呼び出しておくから、十分後に戻ってきて。で、あとは自信を持って告るだけ」

「……まぁ、わかりましたけど……」


 釈然としない様子ながらも、華乃に従い、部屋を出て行く久吾。

 一人部屋に残された華乃は十数秒一点を見つめていたかと思えば、おもむろに立ち上がり、


「リコ、このあと久吾があんたに用あるみたいだから出てこい」


 クローゼット、つまり俺たちの目の前の扉に蹴りを入れてきた。

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