第12話

「メゾンで視聴シーンを撮ってもらうのもいいけれど、やはり初回はここで見たいわよね」


 ワクワクを隠しきれない様子のリコが、ノートパソコンに齧り付くように前のめりになる。

 おい、もっとそっち寄れ、狭い。お前のはんてんの裾に座っちまってんだよ俺。


 メゾテラでの生活を始めて一週間。

 ついに今日、第一話のネット先行配信がスタートした。地上波放送はまだ先だが、もともとストリーミングでの視聴者数のほうが多い番組だ。


 その第一話を見るため、俺たち六人は蔵に集まっていた。


「もういいわよね、いいわよね? 心の準備は出来たわよね? わたしもう耐えられない。ツイッターもチェックせずに我慢していたのよ。行くわよ、見るわよ」


 配信開始は今日の0時だったのだが、みんな俺が帰ってくるのを待っていてくれたのだ。

 今日は仕事を早出・早上がりできたが、それでももう十六時。ネットの匿名掲示板やSNSは第一話の反応で溢れていることだろう。


「ヤベーな、俺めっちゃ緊張してきた」

「あほリコ、画面寄りすぎ。みんなが見えないっしょそれじゃ」

「アハハ、僕大学の人達からの連絡とかも全部シカト中だよ」

「まぁまぁ皆、落ち着こうじゃないか。……ああぁ駄目だ、もう私心臓が爆発しそうだぞ」

「オレのシーン格好良く編集してくれてますかねー」


 炬燵で足を伸ばすリコの両サイドを俺と華乃が固め、俺の後ろからジンジン、リコの後ろからヤエちゃん、華乃の後ろから久吾が顔を出し、みんなでスクリーンを覗き込む。


「じゃあ、押すわよ……」


 カチッというクリック音とともに、動画が再生される。


「おおー……すっげーオシャレだ」


 アメリカ人女性シンガーのラブソングに乗せて、オープニング映像が流れる。

 めっちゃおしゃキラ編集してもらっていて小っ恥ずかしくなる以上に、なんかすげー違和感というか、変な感じがする。

 まぁそりゃそうだ。自分がテレビ番組に出ている――とかそんなことより何より、昔から知っているこいつらがテレビ番組に出ているのだから。


「来たわ! わたしよ! わたしが一番よ!」

「当たり前だろ、お前が最初にメゾテラ着いたんだから」


 OPが終わり、ついに本編。

 那須高原の豪邸に最初に現れたのは、当然リコだ。その後にヤエちゃん、ジンジン、久吾、俺、華乃と登場していき…………、


 六人で顔を寄せ合って小さな画面に釘付けになったまま――三十分が経過した。





「……良かった、わよね……? ねぇ、良かったわよね!? わたしめっちゃ格好いい女だったわよね! これはもう売れたわよね!?」

「リコお前、自分のことばっかかよ。そんなことよりも良かったのは、」

「分かっているわよ、皆ちゃんと初対面として映っていた。これならわたし達が幼なじみだということはバレないわ」


 リコの言うとおり、番組は最高の仕上がりになっていた。どこからどう見てもメゾン・ヌ・テラスで生活していたのは「見ず知らずの男女六人」だった。

 初日の自己紹介から二日目終了までの内容だったが、俺たちが「やらかして」しまった不自然すぎるシーンは上手くカットされていた。おそらくだが、制作側が俺たちの関係に「何か」を感じながらも番組のために忖度してくれたのだろう。

 結果、第一話は、俺とジンジンの告白あり、俺とリコのキスシーン連発ありと、非常に内容の濃いものとなっていた。


「いやバカでしょ、お兄もリコも。あたしらが知り合いだってことはバレないだろうけど……これダメじゃん普通に」

「「え」」


 呆れたように言う華乃に、久吾とヤエちゃん、ジンジンも何とも煮え切らない微妙な反応を示す。


「これは……どうなんでしょう? いや確かにある意味いい番組だったんでしょうけど……ああ、やっぱダメだと思います、オレ十回ぐらい吐きそうになったんで……」

「うーむ……こうやって映像として俯瞰してみるとかなりマズいことをしているようにも見えるのだが、如何せん私には、リコちゃんやお兄を本当の意味で客観視することは敵わないからな……」

「僕もそんな感じ。まぁ、ネットの評判見てみようよ」


 そ、そんなにダメだったか俺たち……? 知り合い感出ちゃってた……?


「な、なぁ、リコ。お前のツイッターは?」

「そうよ、それよそれ!」リコはあせあせとスマホを操作し、「な……っ、ななな……っ!」

「どうしたリコ、アホみたいな顔になってるぞ! ああ、じゃあいつも通りか……もしかして誹謗中傷でもされてたのか!? 許せねぇ、誰だリコのアカウントに『アホ』とか送りつけた奴は!」

「お兄……お兄……これ、ここ見て、フォロワー数が……っ!」


 リコが震える手でスマホの画面を俺に向けてくる。

 フォロワー数って、お前のツイッターフォロワー数なんて三十人ぐらいだったろ――、


「な……っ! な、ななな……七千!? 7028人!? え、待て、ちょっと待てリコ、いちじゅうひゃくせん……七千!? え、お前これ70の後ろにめっちゃ小さい小数点とか入ってねーよな……?」


 二百倍以上になってんじゃねーか! まだ配信開始から一日も経ってないんだぞ!?

 凄い……すげぇじゃねーかリコ! やったな! このまま行ったら本当に人気タレントになっちまうぞ! お前の夢が叶うんだ!


 なのに……何だろうこのモヤモヤは……何で俺は素直に喜べていないんだ……?

 ……ああ、そっか、リコなんてアホみたいなことしかツイートしてないのに、七千もの人間がリコのアホ呟きを見たがってるという事実に戦慄してるんだ。この国の行く末を案じているだけだ。


「やりましたね、リコっちゃん。まぁオレたち五人がSNSやってない分、番組ファンがリコっちゃんに集中したってのもあるとは思いますけど。で、リプライとかはどんな感じの来てますか?」

「そんなに慌てなくてもいいじゃない、久吾。ふふ、まぁいいわ、わたしのアカウントが『リコ様可愛い』で埋め尽くされているのを――」

 それまでホクホクとしていたリコの顔が、怪訝なものへと変化していく。

「……『乱れ過ぎ』……『男心を弄ぶな』……『はっきりしろ』……。なんか『悪女』だとか『尻軽』だとか『キス魔』だとか書かれているのだけれど……最近のネットスラング? 可愛いって意味?」


 えー……嘘だろ、まさか……、


「俺とリコの『笑い無効化キス』がマイナス方向に働いちまったってことか……? 俺の告白を断っといて俺とキスしまくる小悪魔――視聴者はリコをそう見てるっていうのか……?」

「当たり前っしょ。バカなのあんたら。何であんなのがプラスに働くと思うの」

「えー……だって笑ってしまうよりはマシでしょう……それにお兄とわたしのキスぐらいでこんなに『乱れ』扱いしてこなくても……だって、お兄とわたしよ?」


 顔をしかめる華乃に、リコは不満げに答える。


「そこだよ、リコちゃん。私達がズレていたのは。私達も、君達のキスに大きな興味なんて持てずに流してしまっていたが、君達の関係を知らない人間からすれば、かなりセンシティブな行為に見えてしまうのは当然のことだ」

「いやーキス連発もめちゃくちゃ酷かったですけど、ヤバいのはアレですよ、ベッドに潜ってモゾモゾしてたやつ。リコっちゃんたち的にはいつも通りじゃれ合ってただけなんでしょうけど、意味深でエロティックな編集されてたせいで吐きそうになっちゃいましたよオレ。ベッドでモゾモゾしながら一夜明かして、次の日の朝にキスしまくってたら、誰だってエロいことしてたと思うでしょう」


 ヤエちゃんと久吾の指摘に続き、ジンジンがノートパソコンを眺めながら、


「あー……お兄君とリコちゃんだけじゃなく僕らもヤバい奴扱いされちゃってる……リコちゃんが出会って初日のお兄のベッドで寝てることに対してみんな平然としてるものだから、貞操観念ガバガバ集団だと思われちゃってるね……」

「リコちゃんとお兄の添い寝と聞いても、どうしても幼い頃のお昼寝の絵をイメージしてしまうからな……。いや私達にも問題はあったが、しかしまさかあんな密着してモゾモゾしているとまでは思っていないしな……バカなのか君達は」


 確かにそう言われてみると……。だいぶヤバいことしてたのかもしれない……。何か変なテンションになってた。


「そんな……じゃあダメじゃない! わたしのこの7028人のフォロワーは何なの!? あ、また二人増えた。うれしい」

「いやそんなことないと思うよ。番組全体としてはかなり評判良いみたい。何か『展開が早くて面白い』って書き込みが凄く多いよ。これはリコちゃんとお兄君のキスとかヤバい行動があったおかげだよね間違いなく。『幼なじみであることを隠して面白い恋愛リアリティショーを作る』っていう目的は確実に達成してるよ」


 確かにジンジンの言うとおりだ。

 俺もスマホでいろいろなサイトを巡ってみる。

 ネットニュースの記事もSNSも匿名掲示板の書き込みも、番組に好意的な評価が大部分を占めている。「とんでもないシーズンになりそう」という期待感が滲み出ている。


 そしてここまであえて無視していたメールやLINE。会社の人たちから送られてきたそれらも、俺を褒める内容のものばかりだった。視聴者の大反響が会社にも届いているらしい。

 上司によると、「過激なことは程々にしてほしいが、会社のいい宣伝になっている」と本社役員の間ですら話題になっているという。


 これはヤバい。凄い。本当にこの番組出演がキャリアアップに繋がってしまいそうだ。


 ただ、親父からのメールと母さんのからのLINEはまだここでは、リコがいる前では、開く気にはなれなかった。


 とにかく。多少の誤算はあったが、全体としては当初の計画を順調に進行できていると言っていいだろう。上手く行きすぎて怖いくらいだ。

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