第13話
「ふーん、そ。上手くいってんだ。よかったねリコ」投げやりに言う華乃は久吾のほうを向いて、「あんたもやればいいじゃん、ツイッターとか」
「はー、どうなんでしょうねー。人気が出てスカウトに注目してもらえるならツールは何だっていいんですけど。オレの評判とかも見つかりますか、ジンジン」
「うん。ちなみに僕はリコちゃんと華乃ちゃんに木っ端微塵にフラれたことで笑いものにされているよ。ネット上である意味大人気になってるみたいだね」
ジンジンかわいそう。
「はい、ここら辺が久ちゃんに関する話題かな」
ジンジンからノートパソコンを渡されて、久吾が画面をスクロールしていく。
「ふーん……はいはいはい……なるほどです……なるほどなるほど…………って、オレめっちゃリコっちゃんのこと大好きな男みたいになってるじゃないですか!!」
久吾が炬燵に両手のひらを叩きつけて吠える。えー……久吾かわいそう。
「久吾あんた右手はやめなよ」
「華乃は黙っててください! これ見てくださいよ皆さん! 最初の自己紹介のとき、プロ目指してることをリコっちゃんに『格好いい』とか『憧れる』って褒められただけでガチ惚れしちゃったチョロ男みたいな扱い受けてるんですよオレ!!」
あー、そういやそんなことあったな……。
「で、次は初日の晩ご飯の準備してるときです! お兄とジンジンがリコっちゃんに告白してる中、自分も頑張って口説きに行ったのに、結局照れて話しかけられずにモジモジしてただけの童貞の極みみたいに思われてます!!」
いやあれはお前が真っ赤な顔して華乃に逃げたのが悪いだろ……。
「そんで最後はリコっちゃんとお兄のキスシーンですよ! 大好きなリコっちゃんが他の男とキスしてるのを見たくなくて、口押さえて泣きながら部屋飛び出してトイレに駆け込んだ純情童貞野郎みたいにされちゃってるじゃないですか!! どんだけリコっちゃんのこと好きなんですかこいつは!! 編集が酷すぎます! こんなのは偏向報道です!」
「そんなに照れなくていいのよ。あなたの気持ちはちゃんと届いているわ。わたしも愛しているわよ久吾」
「おえぇぇぇっ」
「ナイスよ華乃。ナイスげぼキャッチ。さすが久吾の正捕手ね。女房役ね」
「あたしも吐くぞコラ」
久吾が嘔吐する瞬間、すかさずビニール袋でその口を塞いだ華乃。
久吾の生理反応まで知り尽くしているからこそできる的確な介護だった。一滴すら溢さなかったのは本当に偉い。
「うぅ……ずみません、華乃……」
「しゃべんな。別にあんたのげぼ処理ぐらい慣れっこでしょ。ヤエちゃんもいいよ」
立ち上がるヤエちゃんを制して、華乃が久吾を外へと連れて行く。
「うむ。さすがだな華乃ちゃんは。リコちゃんとお兄もそうだが、やはり同い年同士が一番お互いを理解し合っているよな私達は」ヤエちゃんはジンジンの方を向き、「ところで、私の評判はどうなっている?」
「ヤエちゃんは見ないほうがいいだろ」「ヤエちゃんは見ない方がいいわね」
声を合わせる俺とリコに、
「なに、ネット上の罵詈雑言など気にしないさ。どうせ叩かれているのだろう。ふっ、自分の性格が悪いことぐらい、私は理解しているさ。何を今更」
いやー……そういうことじゃなくてさ……。
「ヤエちゃんいいわよ、大丈夫。ヤエちゃんのこと何か言うような人がいたら、わたしがツイッターで反論しておくから」
「ハハハ、反論って。ネットの誹謗中傷に反論などしても仕方がないだろう。リコちゃんは人気芸能人になるのだから、ネットリテラシーを身につけなくてはいけないぞ?」
「綾恵、見ないで。君は見るな」
リコの忠告を笑って受け流し、パソコンを覗き込んでくるヤエちゃんを、ジンジンが鋭い声で制する。
ジンジンらしくない強い語勢に部屋の空気が張り詰め――、
「ジンジンがそう言うのなら絶対に見てやる」
「あっ、やめ……っ! やめて綾恵……っ! あんっ」
ヤエちゃんがジンジンの脇腹をくすぐって部屋の隅まで追いやり、パソコンを奪い取ってしまう。ジンジンのダメ優男。
「どれどれ、えーと……ほう、やはり私に関する書き込みもたくさんあるではないか。ふむふむ……ふーん……何だ、この『大きい』というコメントは……ああ、身長のことか。あまり背が高いことを弄られたくはないんだがな。人の外見を揶揄するのには感心しない。ふーむ……二つ? 私の身体は二つもないんだが……ところでこの『G』とか『H』とかいうのは何なんだ? 身長をアルファベットで表記する文化なんてないよな……? ふーむ、ふむふむ、そうかそうか、どうやら匿名掲示板やツイッターは私の胸についての書き込みで溢れ返っているようだな…………殺すっ!! こいつら殺しに行くっ!!」
「落ち着けヤエちゃん!」「ヤエちゃん無理よ。地球の裏側とかからも発信されているから」
「本当だっ、ポルトガル語でまで書かれているじゃないか!? 英語スペイン語中国語韓国語フランス語……っ! ふざけるなよ、安全圏から匿名で好き勝手に……絶対論破してやるっ!」
目にも留まらぬスピードでヤエちゃんがキーボードをカタカタカタカタ叩き込んでいく。
「私だって好きで大きくなったわけではない! このエロ助ども! スケベ! ドスケベ変態地球人!!」
豊富な語彙力を駆使して地球人を論破していくヤエちゃんを、黙ってパソコンから引きはがすジンジン。
まぁそのジンジン自身もヤエちゃんに対する書き込みには結構怒っているようだが。口元が笑っていても目が怖い。
「なに騒いでんのあんたら……いつまでパソコン見てんの」
久吾の肩を支えながら華乃が戻ってきた。
「華乃、あなたこそもう少し視聴者の反応に気を使うべきだわ。あなただけ空気よ」
「うっさい。あたし別に初めからやる気なんてないもん」
「何よ、『お兄のこと狙う女』を演じていくって、この前あなたも受け入れたじゃない」
「そう……っ、だけど……っ。……簡単に言うなしっ! あたしはあんたらみたいにアホじゃないの!」
「男子と比べて女子二人に動きがないことが指摘されているのよ。華乃だけじゃなく、ヤエちゃんだって久吾を狙うことになっていたはずでしょう? うじうじしている奥手系女子も可愛いかもしれないけれど、二人にはガツガツ肉食女子として男子に迫ってもらいたいのよ。わたしと違って素人の二人には『静』の演技なんて求められないものね。それに清純派のわたしとの対比もほしいし。キャラが被ってはいけないわ」
「黙れ清純派うまい棒」「嫌だ、私はそんな淫乱女子みたいなことは絶対にやらん!」
「ねぇ、ヤエちゃん。行動を全く見せていないから、外見に関してばかり言及されているのではないの?」
「そ、それは確かにそうかもしれんが……っ」
「ヤエっちゃん……」
精根尽き果てたように倒れていた久吾が息も絶え絶えと、
「お願いします……オレを口説くシーンをカメラに映して、オレの『リコっちゃんガチ恋童貞』イメージを少しでも中和してください……」
「う、うーむ、久ちゃんに頼まれると私も弱いからな……」
「よし、決まりね! ヤエちゃんと華乃は今日からブーストをかけるように! せっかくスタートダッシュに成功したのだから、中だるみさせることなく六人で最後まで突き進むわよ! せーのっ、えいえいおーっ」
「じゃあ帰ろうか。この前と同じ感じでいいね。綾恵と久ちゃんと華乃ちゃんは僕の車乗ってー。じゃ、お兄君はしばらくしてからリコちゃんをよろしくね」
リコの掛け声をガン無視してジンジンとヤエちゃんが部屋を出て行く。
「あたし、言われた通りにするだけだから。……全部リコとお兄が悪いんだかんね」
久吾の肩を担いで出て行く華乃の、独り言めいたその呟きに、なぜだか背中がゾクっとした。
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