第37話

 五年前のあの日は、私がたった一人の同級生――ジンジンと付き合い始めてからちょうど三年目の記念日で、そして初めて彼と身体を重ね合わせた日でもあった。



 最初にスマホが鳴動したのは、隣で寝そべるジンジンの金髪を指で弄んでいた時だったと思う。つい十数分前、あんなに恥ずかしい顔を見られ、あんなに恥ずかしい声を聞かれてしまったことへの照れ隠しで、ジンジンの高校デビュー失敗をからかっていたのだ。

 そんな戯れがどうしようもなく愛おしくて、二人だけの世界を破るような無機質な電子音など、無視する以外の選択肢が思い浮かばなかった。


 二度目の鳴動にジンジンは対応しようとした。届いていたのはリコちゃんや久ちゃんからの呼び出しのメッセージ。


 恋人を置いて彼らの元へ向かおうとするジンジンを、私は引き止めた。思い出しただけでもゾッとするような甘い甘い猫撫で声で。


 どうせまた、悪戯が失敗して怒られそうだから助けてくれとか、そんな下らない話だろう。私達が行くまでもない。いつまでも子どもの遊びに構っていられる程、もう私達は暇ではない。

 この幸せな余韻に浸ることよりも優先すべきことが、この世にあるだろうか?


 誰よりも子どもだったのは私だった。

 身体だけが大人になって、好きな人と繋がれて、それだけで皆のことをどこか下に見ていたのかもしれない。

 結局私は「外見で人を判断するな」とは言えても、「中身を見て判断しろ」とは決して言えないような人間なのだ。中身は外見なんかよりもずっとずっと醜い姿をしているのだから。


 下腹部に残る痛みと、ふわふわとした浮遊感のようなものに包まれながら、ジンジンの腕の中で微睡んでいたあの三月の晴れた日の午後。

 私の大切な人達は、その人生が壊されるかどうかの瀬戸際に立っていた。


 知らなかったでは済まされない。SOSは届いていた。いや、たとえ届いていなかったとしても、私達はそこへ駆け付けなければならなかった。

 私がいれば、ジンジンを行かせていれば、リコちゃんが辛い目に遭うことも、お兄が退学処分を受けることも、二人の家族の関係が崩れ去ることも、久ちゃんが自責の念に苛まれて野球を楽しめなくなることも、華乃ちゃんが暗く苦しい感情を背負い続けることもなかったのだ。


 それなのに、私とジンジンはこのことを、自分達がしていたことを、自分達がしなかったことを、誰にも話していない。黙っている、隠している。


 私とジンジンの恋人関係は自然と消滅した。

 言葉で交わしたわけではないが、互いに理解している。もう私達が結ばれるなど、許されることではないと。

 たとえ神様が許してくれたとしても、あの四人は許してくれはしない。だって、犯した罪を伝えてもいないのだから。伝えることすら出来ないのだから。告白されることもない罪が許されることは永遠にない。


 だから、私にとってジンジンは、ジンジンにとって私は――世界一恋愛することがあり得ない人間なんだ。

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