第23話
「実はオレ、リコっちゃんに告りたいんですけど勇気が出ないんです。華乃をリコっちゃんに見立てて告白の練習させてもらえないですか。もしかしたらそんなことしてるうちに本当に華乃のことを……あ、いや何でもないです」
「あ、そなんだ。いいんじゃん? 練習させたげる。じゃ、男子部屋いこー。もしかしたらそんなことされてるうちに本当に久吾のことを……あ、いや何でもないけど」
何だこのポンコツコンビ!? そんなわざとらしい演技あるかよ!? 久吾お前マウンド上でのポーカーフェイスをこんなとこで出すな! 華乃なんて俺に迫ってきたときは迫真の演技できてただろ!? 二人とも「あ、いや何でもない」じゃねーんだよ、そりゃ何でもないだろうな、そんな真顔&棒読みじゃ!
「実質いま既に告られたじゃない、わたし……」
ソファで俺の隣に座るリコも頭を抱えて呟いている。ホントだよ、なに本人の前で言ってんだよ。
晩飯後のリビング。
六人が各々くつろいでいる中、何の脈絡もなく久吾が華乃へ切り出した。例の「リコへの告白練習してるうちに華乃といい感じになっちゃう」作戦をさっそく実行に移したのである。
グダグダ言ってた割にはこの行動力、昔からいつでもリコと俺に付き合ってくれる久吾らしくて好きだが、さすがにさっきのポンコツ演技はない。
華乃もそんなポンコツっぷりには特にツッコむこともなく、さっさと久吾と共に出て行ってしまった。
おいおい、あの大女優華乃はどこに消えたんだ……? てかカメラの前で今の感じを続けるつもりかお前ら……?
「変なこと仕出かさないか心配ね……仕方ない、覗きに行くわよ」
ため息をついて、そう俺に耳打ちしてくるも、ちょっとワクワクが漏れ出してしまっているのがさすがリコだ。ガキのころのイタズラ気分出ちゃってんじゃねーか。お前がそんな感じだと俺までワクワクしてきちまうだろアホ。探偵ごっこみたいで楽しい。
「よし、完璧ね。ここからなら華乃のベッドの位置をバッチリ覗けるわ」
「おい、てか女子部屋こんなクローゼットあったのかよ。初めからここで作戦会議とかすればよかったじゃねーか。カメラもねーんだし」
「無理よ。クローゼットに二人で閉じこもるのはさすがに不自然過ぎるでしょう」
それもそうか。今回の「好奇心からクローゼットに隠れて同居人二人の告白練習を覗く」というシチュエーションは結果的に『メゾテラ』のストーリーとしても成立してるので、問題ないが。
俺とリコはクローゼットの中に座り、扉の隙間から女子部屋を覗き込んでいた。
狭い空間を有効活用するため、俺の股の間にリコがお尻を下ろすというフォーメーションをとっている。さながら子どもを膝に座らせて一緒にテレビを見る親子スタイルである。
「お前ってマジで天才だよな。こうやってくっつくことによって華乃たちに聞かれないように小声トークすることも可能ってわけだな」
「ええ、そうでしょう、天才美少女でしょう。ただ、一つだけ誤算があったわ。寒い」
「そんな服着てるからだろ」
まずクローゼット内にまで暖房が効かない時点でめっちゃ寒いのだが、モコモコ素材自体は暖かそうなくせにショートパンツで太もも丸出しなリコはさらに寒そうである。
「お兄、抱きしめて。わたしのはんてんに任命するわ。代わりにわたしがあなたの湯たんぽになってあげる」
「なるほど。お前ってピンチになるほど神がかり的な戦術思いつくよな。米軍特殊部隊の司令官とかになれよ」
「その必要はないわ。わたしの美貌が世界に知れ渡りさえすれば戦争はなくなるもの」
言ってる意味は全然わからなかったが作戦自体は名案に違いないので素直に従う。
背中から腕を回し、リコの身体とギュッと密着。
ああ、相変わらず柔らかくてあったかい。そんで何の遠慮もなく強く抱きしめられる。
こんなに細くてか弱そうな身体を男の力で圧迫するなんて、きっと俺はリコ以外の女性が相手だったら怖くてできないだろう。
でもこいつのことは知っているから。どんな抱き方でどの程度の力ならこいつが痛みを感じないのか、こいつのほうも心地よくなってくれるのか、二十年間の経験が教えてくれるから。
「お兄おっぱい揉まないで。最近、生理前から生理中ちょっと張るのよね」
「すまん。ホントすまん」
全然教えてくれなかった。何だったんだ二十年間の経験。
どんなに長くいっしょにいても女性の身体のことを何でもわかったような気になってはいけないんだなぁと思いました。第二部、完。
「うん。明後日ぐらいからなら大丈夫だから。今日はお腹とか肩でお願いね」
要望通り両腕をリコのお腹に持っていく。うん、これはこれで柔らかくて気持ちいい。
そして至近距離の瑞々しい黒髪から香る、青りんごのような甘い匂い。うーん、これは完全に蔵だな。蔵でリコといっしょにミカン食いながら月9とか見てるのと同じ気分になるな。
そんなことを考えながら、手近にあった収納ケースから華乃のニーソックスを取り出してリコに履かせてやる。
てか俺たちはクローゼットの中にいるので適当な服を纏っていくらでも防寒対策ぐらいできるのだが、まぁ今さらいいか。うん、俺が女子の服着るのは無理だしな。あと狭いし面倒くさいし。リコだってわかってやってるのに、野暮なことしても仕方ねー。
まぁでもリコにはもっと何か着せてやったほうがいいな――、
「来たわよ!」
俺がジャケットに手を伸ばしかけた瞬間、リコが前のめりになった。
ついに華乃と久吾が部屋に入ってきたのだ。
ワクワクウキウキとするリコが扉にへばり付くが、そのまま突き破っていきそうな勢いなので、抱き寄せて若干引き戻す。
うん、今から服着たりすると物音とかしちゃうし、このままでいくしかないな。別に俺が薄着のリコを抱いてるのが暖かくて気持ちよくて落ち着くからでは決してない。
「久吾さぁ、ジンジン君っていつも男子部屋でもシコってんの?」
「いやー全然気づかなかったですけど」
華乃と久吾が首を傾げながらベッドに腰を下ろす。
「よし、ここまで計画通りね!」
俺たちは、元々華乃と久吾が告白練習をしに行った男子部屋に、ジンジンを送り込んでいた。「今から僕ここでシコるから」と言ってもらい、二人を追い出させたのだ。
必然、追い出された二人はこの女子部屋で告白練習をすることになる。それに先回りして俺とリコはここに隠れていたわけである。ジンジンは損をしただけである。
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