第22話

「綾恵ちゃーん、とりあえずいつものー」

「はいはい。仁美さーん、あれ? 奥行ってしまったか。ジンジンでいいか、お父――じゃない、お客さんにいつもの――……す、すみません、いつものとは……? 私、入ったばかりの短期アルバイトなもので……」

「あっ。そ、そうだったっぺなー。えーと、焼き目を入れた木綿豆腐にホタテと万能ネギの卵とじを乗せて柚子胡椒と刻み海苔を添えてください。あと生を大ジョッキで。てへっ」


 実の父親にペロッと舌を出されてもイラッとするだけなのだが。というか昼間から飲み過ぎだろう、ちゃんと働け。


 皆で第二話を視聴した蔵会議から一夜が明けた、昼下がり。

 ジンジンの実家の店「洋食うがじん本家」で、私は例年通り長期休暇中限定のお手伝いをしていた。


 相変わらずどこが洋食屋なのかも何が本家なのかもよく分からない、何でもありの家族経営居酒屋だが、村の皆からは長年愛されている憩いの場だ。今日も今日とてなかなかの客入りである。

 まぁ村に飲食店がここしかないから人が集まっているだけとも言えるかもしれないが。百パーセント村民しか来ないし。


「にしてもおれ五十年生きててテレビ出んのなんて初めてだっぺよ。先に教えてくれとかねぇと困んべよー。髭剃ってねぇのに大丈夫だべか?」

「別にこんなシーン使われるとは限らないけどね。むしろ使ってほしくないから、おっさんはもっと汚い格好で来るべきだったね」

「ジン坊は東京行ってさらに辛辣になったべ……」


 厨房で雑用中のジンジンから冷たい声を浴びせられ、落ち込むお父さん。

 いや本当に予め伝えておくべきだった。お父さんがここの常連だということは分かっていたというのに……。ただ本当に急だったからな……。


 今日は店に『メゾテラ』の撮影班が入っているのだ。今現在も収録中である。


 元々の話をすれば、この春休みはお手伝いに来ない予定だったのだ。もちろん、私とこの村、ひいてはジンジンとの繋がりがバレないようにするためである。

 が、「メゾテラで共同生活している中でアルバイトに誘われた」というていをとってしまえば、特段問題はないと気付いてしまったわけだ。ただのアルバイトシーンをそう長々とオンエアに乗せるわけもないし、何のヒントにもならないだろう、と。

 そして何より、蔵会議が何度も上手くいき過ぎたことで、私達は油断してしまったのだ。村との繋がりが勘付かれることに、無警戒になっていたのだ。


 結果、リコちゃんと華乃ちゃんがランチを食べに来てしまった。

 仕事中のお兄と久ちゃんを除いた全員が集まるとなれば、大掛かりな撮影が行われてしまうのも当然である。


「わたしとしたことが……やってしまったわね……」

「だから言ったじゃん、あほリコ。サラミ味」

「え。わたしの中ではうまい棒サラミ味はおしゃれな部類に入るのだけれど。マカロンと同じグループ」


 カウンター席で頭を抱えるリコちゃんの隣で、華乃ちゃんが呆れたようにため息をつく。


 しかしリコちゃんもただ何も考えずにここへ来てしまったわけではない。「男子メンバーの実家が飲食店で、しかもそこで女子メンバーがバイトし始めたのであれば、その様子を見学に行くのが恋愛リアリティショーの登場人物として自然な行為」と判断した上での行動であった。

 その考え自体は間違いではないと思う。ジンジンの実家が飲食店である以上、誰一人訪れないというのは確かに不自然だ。

 それに、一度や二度来店シーンを撮られたぐらいでボロを出さない程度の演技なら私達にも出来る。


 ただ、この店にはボロを出しまくりそうな村の人間がたくさんいるのである。特にこのおっさんである。生田目史郎である。私の父親である。


「『メゾテラ』で出てた華乃坊の牡蠣バター旨そうだったべなー。ここのよく分からん飯より華乃坊の料理のが絶対上だっぺよ。ジン坊ー、バタ焼きとか出来ないっぺか? ハマグリとかで」

「お客様、他のお客様のご迷惑になるようなことはお控えください」


 お父さんの目の前にビールジョッキを荒々しく置き、その発言を押さえ付ける。

 初対面の女の子に対して呼び名が慣れ慣れし過ぎますよ、お客様。


「は、はい、すみませんっしたー……でもおれ最後までは見られなかったっぺよ。事情は分かってるとはいえ綾恵ちゃんや華乃坊やリコ坊のあんなシーン、」

「綾恵、そのおっさん追い出して」「お客様、出禁です。一生」

「五十年通ってるのにこんなことで!? 死ぬまで通い続けるという先代と交わした約束はどうなるんだべか!?」


 そんなの知らない。天国にいる先代ことジンジンのおじいちゃんもそんな約束は全く覚えていないと思う。


「どちらにしろアンタが死ぬまでは続かんよ、この店は。一人息子が継ぐ気ないんだから。まぁ綾恵ちゃん次第みたいなところもあるけど」


 リコちゃんと華乃ちゃんのオムライスをカウンターに差し出しながら、ジンジンのお母さん――仁美さんが言う。

 フライパンを振っていたジンジンのお父さん――隆夫さんも微笑みながら、


「昔は結婚して二人で継いでくれるって言ってたのになぁ」

「綾恵、その中年夫婦を追い出して」「女将、シェフ、出禁みたいです。一生」

「「女将とシェフが出禁なの!?」」


 私達のやりとりに噴き出した福田さんと高木のおじさんとヨネばぁと小林先生もジンジンの一存により一生出禁にされたが、たぶん明日にはちゃっかりと来ているのだろう。一生とは何なんだ。


「仲、いいわね、相変わらず」


 どこか羨ましそうに私達を眺めながらリコちゃんが呟く。視聴者は「私とジンジンの仲」についての発言として捉えるのだろうか。


 そんなリコちゃんを横目に華乃ちゃんが一瞬浮かべた表情に気付いたのは、私だけだったと思う。

 リコちゃんを嘲っているような、それ以上に自分自身を責め苛んでいるような、冷たい冷たい薄笑い。口の端だけに滲ませたそんな冷笑に、酷く胸をえぐられてしまう。


 華乃ちゃんと私にはどこか似たところがあると思っていた。でもやはりこの子の心の奥底までを読み取ることなど、私なんかには出来ない。


 そういえば、華乃ちゃんは久ちゃんと告白の練習をすることになっているのだよな。

『メゾテラ』に最も消極的だった華乃ちゃんがどういう気持ちであんなシナリオを受け入れたのだろう。自暴自棄になっていなければいいのだが。


 ちなみそんな二人が食べているオムライスにはデミグラスソースとチーズが掛かっている。

 初来店の癖にメニューにないアレンジ料理を注文するんじゃない、まったく。

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